石 清水 八幡宮 ケーブル。 石清水八幡宮ルポ【厄除け・厄払い】京都パワースポット 見どころ,お守り,御朱印も

京都の裏鬼門を守る神社、石清水八幡宮

石 清水 八幡宮 ケーブル

概要 [ ] へ向かう石清水八幡宮参道ケーブル(男山ケーブル)との乗り換え駅であるとともに、駅前にバスターミナルが設けられている。 しかし、八幡市内のバス路線の多くが北部にあるを拠点としていること に加え、八幡市のとなっているが同駅寄りにあるため、当駅の乗降客数は樟葉駅の約6分の1程度 に留まっている。 当駅は急行停車駅であり、(15年)9月と(平成20年)10月のダイヤ改定で相次いで削減されたが、現在、京阪間通しの急行は、大阪方面が毎日4本、京都方面が平日5本、土休日が10本運転されている。 土休日夕方には淀始発が3本運転されている。 また、京都競馬場での競馬開催日に臨時列車として中之島行きの急行が運転されることもある。 また、正月ダイヤでは、当駅が最寄りのや、が最寄りのなどへの参拝客をさばいて急行が12分毎に終日運転されている。 歴史 [ ] 当駅は京阪線の開通と共に設置された駅で、急行運転開始後は急行停車駅としてが整備される以前は拠点駅の一つだった。 1番線から分岐する形で大阪方に留置用の側線を、京都方と大阪方にそれぞれ逆方向の渡り線を備え、当駅折り返しの列車(A急行など)も設定されていた。 開業時は相対式ホーム2面のみだったが、何時副本線(待避線)が設置されたかは不明である。 600V時代は、橋本変電所の改修工事の時や「正月・初午の臨時輸送対策」として留置用の側線にが留置され、自社伏見変電所経由で送電された交流22kVを直流600Vに変電して本線のき電系統に送電していた。 また1960-1980年代の大晦日から正月にかけて1番線・4番線に電車を停めて『待合室電車』として利用された。 頃まで構内踏切が存在していたが、いつ頃構内地下道に切り替えられたか不明。 長らく、京阪本線の急行停車駅で唯一、や・多目的トイレなどの対策設備がない駅であった。 駅改札内のトイレは京都行きホームの西端に汲み取り式トイレが設置されたのみで、駅前の公衆便所が水洗であることと比較しても駅設備として劣っていた。 そのため、バリアフリー対策設備設置工事として淀駅の高架化事業の進展に伴い4番線を撤去し、その跡地の一部を利用してエレベーターやスロープ、多目的トイレの設置などが行われた。 バリアフリー対応施設は2010年12月23日から使用開始し、併せて改札内のトイレも移設のうえ水洗化された。 さらに、駅舎の改修工事と照明器具のLED化も行われた。 駅舎は上屋をテント化してライトアップする事によりエジソンが発明した白熱電球をイメージしている。 コンコース及びトイレの壁面の一部はタイルに張り替えられ、タイル面に緑色のLED照明を当てる事により、八幡の竹をイメージしている。 イメージ演出や省電力化についてはパナソニックグループと京阪が共同で検討し、照明機器としてLED照明が150台が設置されている。 これら一連の工事は2011年3月に完了した。 年表 [ ]• (43年) - 京阪本線開通と同時に 八幡駅として開業。 (5年) - 急行停車駅となる。 (大正6年) - 大正大洪水で京阪線浸水で運休、同月14日駅再開。 (大正15年) - 男山索道の八幡口駅開業。 (3年) - 社名変更により八幡口駅は男山鉄道の駅となる。 (昭和9年) - が来襲、停電で全線不通。 運転再開。 (昭和10年) - 宇治川が氾濫で浸水して、中書島駅-枚方東口駅 現・枚方市駅 間が不通。 運転再開。 (昭和14年) - 京阪本線の駅が 石清水八幡宮前駅に改称。 (昭和18年) - 京阪本線の駅が会社合併により京阪神急行電鉄(阪急電鉄)の駅となる。 (昭和19年) - 男山鉄道が資材供出のため廃止。 (昭和23年) - 京阪本線の駅が 八幡町駅に改称。 (昭和24年)• - 京阪線ダイヤ改定で準急停車・急行通過。 - 会社分離により京阪電気鉄道の駅となる。 (昭和28年) - により、宇治川-木津川の間に有る築堤区間の法面崩壊とそれに伴う伏見変電所から橋本変電所への送電線の切断で停電で運休。 10月1日より八幡-淀間を単線で仮復旧で駅再開。 (昭和29年) - 前年の台風13号で被災し単線で運行再開した区間が複線に仮復旧、修復工事完成は同年5月1日• (昭和30年) - 京阪電気鉄道の鋼索線が改めて開業( 男山駅)。 急行の停車が復活。 (昭和31年) - スピードアップのためホームを改築。 (昭和32年)1月1日 - 鋼索線の男山駅を八幡町駅に名称統一し、駅を一旦統合。 (昭和36年)• - 下りホームと男山ケーブルのホームとの連絡通路開設。 - により16時30分より京阪線・鋼索線、運転停止、翌17日午後3時より運転再開。 (昭和44年) - 列車接近自動放送装置を新設、使用開始。 1969年(昭和44年)- バス乗り場を路線拡充対策として鋼索線駅舎前より現在の観光案内所付近に移設。 (昭和52年) - 八幡町の施行に併せて駅名を 八幡市駅に改称。 (昭和58年)• 4月7日 - 改札口を移設、使用開始。 4月8日 - 駅前バスターミナル完成。 京阪バス乗り入れ開始。 (昭和60年)12月25日 - 3番線(大阪行本線)に転落検知マットを設置。 (昭和62年)6月1日 - 急行の8連化に併せてホーム延長、使用開始。 この際に側線と京都方の渡り線が撤去される。 (3年)6月 - 京都行ホームの待合室を冷房化。 (平成4年)5月 - 大阪行ホームに冷房付き待合室を設置。 (平成11年) - 駅前にコンビニ「」開業。 (平成15年) - 京阪本線ダイヤ改定。 日中の急行及び直通普通がなくなったので、日中は準急のみの停車となった。 事実上、朝夕以外は優等列車が当駅に止まらなくなる。 (平成18年) - 京阪本線ダイヤ改定。 日中の京阪間直通普通が復活したので、日中の普通列車停車が復活。 また土曜・休日朝夕の京阪間直通急行が増加したため、当駅に停車する急行が増えた。 (平成20年)• 2月 - ホーム異常通報装置・新設。 - 京阪本線ダイヤ改定。 急行が早朝・深夜を除き運転されなくなり、ほぼ準急停車駅と大差ない列車停車本数となる。 (平成21年) - ダイヤ改定により4番線を廃止(線路は撤去され、線路跡にエレベーターの設置工事が開始され、工事資材が仮置き場や工作機器の搬入路に使用される)。 (平成22年) - エレベーターと水洗トイレ・多目的トイレを設置、使用開始。 (平成23年)3月 - 駅のリニューアル工事完成。 (平成24年) - 集中豪雨・落雷で、京阪本線冠水・鋼索線土砂崩れで始発より運休、京阪線は当日中に復旧するも、鋼索線は8月中は復旧工事で運休。 (平成26年) - 3番ホーム下の足下灯を蛍光灯からLEDの点滅式に更新。 (平成27年)4月1日 - 改札口西側に24時間利用可能な駐輪場「チャリピ京阪八幡市駅前」開設。 (平成28年)• - ダイヤ改正で日中の普通電車の運用が無くなり、準急のみ停車する時間帯が生まれた。 12月 - 1番線と非常渡り線を廃止 (2017年にいずれも撤去)。 (元年) - 駅を再分離し、再分離と同時に京阪本線の駅は 石清水八幡宮駅へ、鋼索線の駅は ケーブル八幡宮口駅へそれぞれ改称。 分離と同時に鋼索線にも駅ナンバリングが付与され、また京阪全体の駅数は1つ増加した。 駅構造 [ ] 京阪本線と鋼索線の駅舎は独立しているため、乗り換えの際には一度から出場しなければならない。 京阪本線 [ ] 相対式2面2線のを持つ地平駅。 (平成21年)までは下り線にも待避設備を備えた島式2面4線のを持つ地平駅だったが、翌のダイヤ改定での下り線が高架化に伴い待避線が敷設されたため、当駅の下り待避線(4番線)は使用中止となった。 その後線路が撤去され、ホームの4番線側に仮設の柵が設置されて単式ホームとなった。 凹形に湾曲している大阪行きの3番ホームの下には転落検知マットやLEDの足下灯が設置されている。 その後4番線の線路跡地の東側に水洗トイレ・多目的トイレ・車椅子対応エレベーターが造られ、西側に有料駐輪場が造られた。 駅舎(改札口)は下り線の南側東寄りにあり、下り線西側には初詣・初午での石清水八幡宮への参拝客用の臨時改札(出口専用)もある。 但し、ここの臨時改札口を使ってやで出場する場合、簡易型の専用改札機を使用する事になる。 駅舎とホームへは地下道で連絡している。 (昭和51年)9月12日改正以降は基本的に日中は当駅で追い抜きは行われない。 待避線である1番線は土休日朝の淀行き急行のみ使用していたが、(平成25年)3月改正でそれもなくなり、1番線に発着する定期列車は存在しなくなった。 (平成28年)12月に当駅上り待避線(1番線)は使用中止になった。 (線路は撤去済み、ホームには柵が設けられた)その影響で看板の付け替えなどがあったがホーム番号の繰り上げはおこなわれていない。 2番線が上り線、3番線が下り線である。 いずれのホームも8両編成の停車可能。 線形の関係上、ホームがカーブしている。 が導入されている。 正月などに使う臨時出口(2008年2月16日) 利用状況 [ ] (平成30年)度のある 特定日における1日は 8,494人である。 近年の利用客数の推移は下記の通り。 年度 特定日 1日平均 乗車人員 調査日 乗降人員 1990年 11月 06日 16,606 1992年 11月10日 17,422 1995年 11月21日 16,182 1998年 11月10日 14,848 2000年 11月 07日 14,338 2002年 12月10日 13,268 2003年 10月28日 12,379 2004年 11月 09日 12,072 2005年 11月 08日 12,174 2006年 11月 08日 11,030 5,756 2007年 11月 07日 11,475 5,694 2008年 11月11日 10,752 5,622 2009年 11月10日 10,045 5,162 2010年 11月 09日 9,884 5,090 2011年 11月 01日 9,668 4,934 2012年 10月31日 9,251 4,923 2013年 11月12日 9,280 2014年 11月11日 9,433 2015年 11月10日 9,272 2016年 11月 08日 8,558 2017年 11月 07日 9,455 2018年 11月 06日 8,494 駅周辺 [ ] 淀川河川公園(背割堤地区)の桜並木 南側には山上にのある男山がそびえている。 当駅から鋼索線に乗車するか、徒歩で参道を登る。 航空事故殉難者を祀ったがある。 八幡市立松花堂美術館がに隣接して(平成14年)に開館した。 (当駅よりバス利用で約10分 ) 駅東の東高野街道沿いに南下すると映画「」のロケ地の「たこ焼きいっちやん」があり、遠方からのファンも訪れることも。 八幡市役所は、当駅より南に徒歩で約20分のところにある(バス利用では約5分)。 北側へ歩くとほどなく2つのがある(道路としては(旧国道1号)である)。 両橋の間にある背割堤()は桜の名所で知られる。 この御幸橋で木津川と宇治川をわたると、の高架橋及び並行するとの交差点(石清水八幡宮口交差点)に至る。 駅番号は KH80。 駅構造 [ ] 櫛型2面1線のを持つ駅。 ホームはそれぞれ乗車用、降車用となっているが、通常は乗車用の1面1線しか使われない。 改札口は1ヶ所のみ。 などの混雑時は本線駅改札付近から鋼索線駅付近まで長蛇の列ができるので、降車用ホームも使用される場合がある。 また、鋼索線の当駅付近には乗車待ちの客のための広いスペースがあるが、その際には鋼索客車と同じ塗り分けの仮設臨時出札口を設置して対応する。 駅舎に併設して、トイレがある。 ケーブル八幡宮口駅ホーム(2020年1月26日撮影) バス路線 [ ] が運行している。 停留所名は 「石清水八幡宮駅」である。 1のりば• 32:行(おさ田・久保田経由)• 33:西戸津行(志水経由)• 41:樟葉駅行(男山車庫・中の池公園・船橋経由)• 77:行(おさ田・久保田経由)• 2のりば• 73A:内里南行(西岩田経由)(平日の深夜 1便のみ)• 75C:行(岩田南経由)• 76:岩田南行• 76B:池嶋(岩田南経由)• 74:近鉄新田辺行(内里経由)• 74A:京田辺市役所(内里・宝生苑・近鉄新田辺・草内口経由)• 74B:京田辺市役所(内里・近鉄新田辺・草内口経由)• 括弧内は副駅名および駅番号を示す。 脚注・出典 [ ] []• 京阪宇治交通「地域とともに六十年」では、八幡市側はバス輸送の中心を八幡市駅側にすることを希望したが、京阪宇治交通側および京阪電気鉄道側では、八幡市が当時京都府で唯一、既にになっていたことに加え、通勤客の比率は大阪側が主で、勢い、樟葉駅側に重点を置くことが望ましいと判断し、協議の結果、まず樟葉駅 - 八幡市駅間のバスを走らせ、その利用状況を見て改めて検討することとしたが、その結果、八幡市内からのバス輸送の中心を樟葉駅側とすることとした。 京阪電鉄開業百年記念誌『京阪百年のあゆみ』資料編「駅別乗降客の推移」より• 出典・『鉄道ピクトリアル』1991年12月増刊号「特集京阪電気鉄道」のp. 57に掲載の開業当初の写真より• 参考文献・関西鉄道研究会 車両発達しシリーズ1 「京阪電気鉄道」 168頁• 出典・「鉄道ピクトリアル」2017年2月号109-115頁『京阪電車の年末年始輸送アラカルト』• 参考文献『京阪第89期株主通信』7頁の「京阪トピック」の中の『八幡市駅がお客さまと環境にやさしい駅にリニューアル』• 出典・京阪100周年記念誌『京阪百年のあゆみ』(2011年3月24日刊)84頁「淀川の決壊」• 出典・関西鉄道研究会(1991年2月1日発行)「車両発達史シリーズ1 京阪電気鉄道」の36頁• 出典・京阪100周年記念誌『京阪百年のあゆみ』(2011年3月24日刊)231頁「台風13号の被害」• 出典・京阪100周年記念誌「京阪百年のあゆみ」(2011年3月24日刊)資料編216頁 年表• 京阪電気鉄道株式会社史料編纂委員会/編 『鉄路五十年』、1960年、351頁。 出典・関西鉄道研究会(1991年2月1日発行)「車両発達史シリーズ1 京阪電気鉄道」の38頁• 出典・京阪100周年記念誌「京阪百年のあゆみ」(2011年3月24日刊)資料編の年表222頁• 出典・京阪100周年記念誌「京阪百年のあゆみ」(2011年3月24日刊)資料編の年表232頁• 出典・京阪100周年記念誌「京阪百年のあゆみ」(2011年3月24日刊)資料編242頁 年表• 出典・京阪電車開業80周年記念志『過去が咲いている今』の年表より• 出典・駅置き広報誌「くらしのなかの京阪」1991年7月号• 出典・駅置き広報誌「くらしのなかの京阪」1992年6月号• 出典・京阪電車開業90周年記念誌『街をつなぐ 心をむすぶ』のP. 212より• 出典・駅置き広報誌『K PRESS』2009年3月号の16面「くらしのなかの京阪」• 出典・• 出典・駅置き広報誌『K PRESS』2014年5月号の16面「くらしのなかの京阪」• 出典・駅置き広報誌『K PRESS』2015年6月号の16面「くらしのなかの京阪」• 京阪電気鉄道・京阪ホールディングス 2019年5月14日. 2019年5月14日閲覧。 京阪電気鉄道・京阪ホールディングス 2019年5月14日. 2019年5月14日閲覧。 出典・藤井信夫篇『関西の鉄道 別冊第1巻』「京阪電気鉄道 戦後分離独立後の歩み PartI」66頁より• 八幡市. 2020年1月24日時点のよりアーカイブ。 2020年1月24日閲覧。 2013年12月27日閲覧。 2013年12月27日閲覧。 年度数値を日数で除して算出。 公益財団法人やわた市民文化事業団. 2013年1月2日閲覧。 出典・駅置き広報誌『K PRESS』2018年4月号の5面「わが町自慢散策マップ」 関連項目 [ ] ウィキメディア・コモンズには、 に関連するカテゴリがあります。 外部リンク [ ]• - 京阪電気鉄道• - 京阪電気鉄道.

次の

石清水八幡宮

石 清水 八幡宮 ケーブル

京阪電車八幡市駅から 石清水八幡宮本殿までは、徒歩の場合、 約40分程かかります。 男山ケーブルを利用して石清水八幡宮本殿までの行き方については の紹介記事からご確認下さい。 石清水八幡宮へは なだらかな石段を上る表参道コース(本殿まで約40分)、 傾斜がある石段を上る裏参道コース(本殿まで約30分)がありますので、こちらそれぞれご紹介致します。 京阪電車八幡市駅改札口からの風景です。 右の歩道を道なりに進み、写真奥の スーパーツジトミまで進み、 右に曲がります。 曲がってすぐに 石清水八幡宮入り口、 一ノ鳥居が見えてきます。 一ノ鳥居すぐ側に 石 清水八幡宮の門前名物・やわた走井餅のお店があります。 羽二重餅のようなお餅で、とってもおいしいので是非食べてみてください! 一ノ鳥居をくぐると 頓宮殿の門が見えてきますので 直進します。 右が先ほどの門で、頓宮殿を見ながら先へ進みます。 頓宮殿の 朱色の門を 直進します。 頓宮殿の朱色の門をくぐり、すぐ 右側には 高良神社があります。 兼好法師の 徒然草で、仁和寺の法師が石清水八幡宮に参拝したいとずっと思い、念願かなって石清水八幡宮だと思って参拝した神社が実は高良神社だったという話は有名ですね。 高良神社を右側に 二ノ鳥居の方へと進むと なだらかな石段を上る表参道コース、 傾斜がある石段を上る裏参道コースへと分岐します。 傾斜がなだらかな表参道コース(本殿まで約40分) なだらかな石段を上る表参道コース(本殿まで約40分) は 二ノ鳥居をくぐり直進します。 一ノ鳥居から 二ノ鳥居までは 約10分程で到着します。 途中、 大扉稲荷社を左側に見ながら奥へと進みます。 二ノ鳥居から 大扉稲荷社までは 約10分かかります。 このような 比較的傾斜が緩やかな石段を上っていきます。 しばらく進むと お食事処があります。 ここの石段を上ると 三ノ鳥居が見えてきます。 三ノ鳥居です。 大扉稲荷社から 三ノ鳥居まで 約15分です。 三ノ鳥居前には 神馬舎があります。 昔は白い神馬がいたのですが、今ははどこにいるのでしょうか。。 三ノ鳥居付近には 一ツ石、または 勝負石と呼ばれる 勝運の石がありますので、本殿に行く際に祈願していきたい 勝負運アップのパワースポットです。 三ノ鳥居からは本殿は見えています。 三ノ鳥居から 石清水八幡宮本殿まで 約5分です。 傾斜がきつい裏参道コース 傾斜がある石段を上る裏参道コース(本殿まで約30分) は 二ノ鳥居の右側にある石段をのぼっていきます。 表参道コースより10分程本殿にはやく到着しますが、 傾斜がかなりきついので覚悟が必要です。 ここから 細橋までひたすら傾斜のある石段を上ります。 表参道ルートの途中の風景です。 石段がすごい傾斜になっていますね。。 表参道ルートの途中の道を少し入ったところに、 石清水井(いわしみずい)・石清水社(いわしみずしゃ)があります。 石清水井は、冬に凍らず、夏にもかれることなく、現在も 霊泉「石清水」が湧き出ており、 石清水八幡宮の名前の由来となりました。 起源は石清水八幡宮創建以前までさかのぼるそうで、石清水八幡宮へ参詣の際は 是非訪れたいスポットのひとつです! 階段手前の石の橋は 細橋(ささやきばし)といいます。 石清水の源流が通っていた橋で、渡らずの橋です。 二ノ鳥居 の右側にある石段から 細橋まで 約20分で到着します。 細橋からは舗装された平坦な道で歩きやすくなります。 道なりに進むと石段があり、上ると 手水舎があります。 石段を上がると本殿 はすぐそこにあります。 細橋から 本殿までは歩きやすい 傾斜のほとんどない道で、 約10分で本殿に到着することができます。

次の

石清水八幡宮のアクセスは電車とケーブルカーが便利!徒歩での行き方もご紹介!

石 清水 八幡宮 ケーブル

石清水八幡宮 石清水八幡宮(アクセス・見どころ・歴史概要・・・)情報を紹介しています。 (2014年末から未更新の場合あり)石清水八幡宮の例祭・「石清水祭」は9月15日に行われ、京都三大祭りの葵祭・奈良春日大社の春日祭と合わせて日本三大勅祭のひとつに数えられています。 なお石清水祭は神仏習合時代には「放生会(ほうじょうえ)」と言われていました。 【石清水八幡宮 アクセス・マップ地図】 場所・・・京都府八幡市八幡高坊30 最寄り駅・バス停・・・石清水八幡宮駅(徒歩約15分) アクセス路線は次の通りです。 翌860年(貞観2年)に第52代・清和天皇が八幡造りの社殿(六宇の宝殿(ろくうのほうでん))を造営しました。 石清水八幡宮の名称は男山に既にあった石清水山寺(摂社・石清水社)に由来しています。 その後939年(天慶2年)の承平天慶の乱(平将門の乱・藤原純友の乱)の平定以来、国家鎮護の社として皇室に篤く崇敬され、第64代・円融天皇の行幸から天皇の行幸や上皇の御幸は240余度にもなりました。 また清和天皇を祖とする源氏諸氏族の氏神としても崇敬されました。 なお明治維新後の神仏分離により、神号を「八幡大菩薩」から「八幡大神」に改め、1871年(明治4年)に社号を「男山八幡宮」に改めたが、1918年(大正7年)には「石清水八幡宮」に改めました。 また上院から眺める景色も見どころです。 上院には石清水八幡宮参道ケーブルで行くことができるが、表参道・裏参道を歩くのがおすすめです。 迷惑になります。 【石清水八幡宮 おすすめ散策ルート】 石清水八幡宮からのおすすめ散策ルートは下院から上院に石清水八幡宮参道ケーブルを使わす、徒歩で登るルートです。 上院には表参道を使うと約20分、裏参道を使うと約15分で登ることができ、自然を感じながら京都観光・旅行を楽しむことができます。 なお石清水八幡宮周辺には観光スポットがあまり多くない為、次の観光スポットに向かい、その周辺を散策した方がいいかもしれません。

次の