童謡 怖い。 本当は怖い!童謡に隠された本当の秘密や都市伝説まとめ

童謡『ずいずいずっころばし』の意味

童謡 怖い

ここがポイント!• 本当は怖い日本の童謡…都市伝説で明らかになった「歌詞の意味」とは 一昔前に「 本当は怖いグリム童話」という本が大ヒットした。 日本での売れ行きも凄かったので、記憶に新しい人も多いだろう。 これは、グリム兄弟の書いたストーリーが実はかなり怖い意味を持っていた…という 海外流の都市伝説をネタにした本である。 Sponsored Link 童謡と同じくこうした作品は子どもからの人気が高い反面、本来ならば恐怖に対するストレートな表現や意味深な暗示は出来るだけ避けた方が無難だろう。 しかしこのグリム童話にまつわる都市伝説のように、 日本の童話にも歌詞を読み解くと恐ろしい意味が隠されていた…!なんて噂が存在する。 ちなみに、都市伝説の中で最も有名なのは「 かごめかごめ」ではないだろうか?ある都市伝説では「かごめ」の歌詞は 徳川埋蔵金の場所を指しているとのこと。 その噂によると、歌詞の「 夜明けの晩」「 鶴と亀」は徳川家康の墓所でもある 日光東照宮を意味しているようだ。 ところがこの「かごめかごめ」はそんな夢物語を意味する歌詞ではなく、もっと恐ろしい童謡だと言う都市伝説もあるのだ。 それが「 流産」説である。 たまに歌詞を「かもめ」と間違えて覚えている人がいるが、これはハッキリと「かごめ」であり漢字で書くと「 籠女」となる。 籠女と言うのは昔の言葉で、 子どもを授かった状態を意味している。 つまり「カゴの中の鳥はいついつ出やる」というのは、授かった子どもが いつ生まれて来るだろうという温かい親心を意味した歌詞なのだ。 もちろんそこで終われば「ハートフルな歌詞だった」で済むのだが…問題はその後だ。 童謡では「 鶴と亀が滑った。 後ろの正面だあれ」と歌詞が続く。 この「滑った」の部分は授かった女性が 転倒 したことを意味しており、これによって籠女が流産してしまった。 さらに、その時の 水子(生まれて来なかった胎児の幽霊)が彼女の背後霊となって取り憑き、純粋な子ども達にはその幽霊の姿が見えてしまう… と、「かごめかごめ」にはこうした怖い意味が込められていると都市伝説では語られている。 他にも「かごめ」とは 昔の処刑場を意味しており、歌詞も「罪人たちが首を切られるまで」の内容を書いたものだとか… そんな恐ろしい都市伝説がこの童謡には多数存在している。 「かごめかごめ」という童謡自体、江戸時代になって自然発生的に出現したものであり、歌詞の作られた過程なども実は謎に包まれているのだ。 日本の童謡は メロディも不気味なものが多く、「かごめかごめ」」もやはり怖い。 さらに謎めいた歌詞が加わっているだけに、曲の意味にまつわる都市伝説は今後も存在し続けるだろう。 実は深い意味が!童謡の歌詞に秘められた悲しい都市伝説 童謡の歌詞には恐ろしいだけでなく、悲しい意味が込められたものも存在する。 例えば日本の偉人としても知られる、野口雨情が作詞した「 シャボン玉」。 この童謡は作詞者である野口が、生後すぐに 亡くなった我が子を想って書いた作品とされている。 歌詞が作られた時期から、親類の子どもの鎮魂歌(レクイエム)であるとか、あるいは特定のモデルは存在しないという説もある。 Sponsored Link しかし、いずれにしろ歌詞に 悲しい意味が込められているのは事実のようだ。 また同じように、彼が歌詞を書いた童謡「 赤い靴」にも「シャボン玉」と似た悲しさがある。 この歌詞で日本人の多くが勘違いしてしまうアノ箇所…あれは「偉人さん」や「ひい爺さん」ではなく「 異人さん」であり、つまりまだ幼い子が外国人に引き取られて海外に渡るという悲しみを描いた内容になっている。 なお、この童謡に出てくる「 赤い靴はいてた女の子」には「 佐野きみ」というモデルがいたとされている。 この悲しいエピソードを聞いた野口が、 彼女をモチーフにして歌詞を書いたと言うのが一般的な定説である。 最近になって否定説も出ているが、いずれにしろ意味深なテーマを描いた童謡であることに違いないだろう… 他にも都市伝説らしい部分で見ると、日本の童謡は例えば「 花いちもんめ」「 通りゃんせ」などが悲しい意味を持つ歌として紹介されている。 この2つの童謡はいずれも、かつて日本で実際にあった「 間引き」を暗示する意味が歌詞に込められているのだ。 間引きというのは、つまり貧困のために育てられなくなった子どもを殺害すると言う意味である。 あまりにも恐ろしい風習だが…これは都市伝説などではなく、驚くことに現実として昭和初期頃まで田舎を中心に存在した風習なのだ。 ただ殺すのはあまりにも惨いと言うことで、里子に出す場合もあった。 その際も、子どもは「 もんめ(匁)」という「はした金」で取引されており、これを唄った童謡が「花いちもんめ」になる。 「通りゃんせ」についても、大体は「花いちもんめ」の都市伝説と同じである。 たまに信号機からこのメロディが流れてくるが、歌詞の意味を知ってしまうと何とも皮肉な雰囲気を感じざるを得ない。 童謡「サッちゃん」に存在した4番目の歌詞 「 さっちゃんはね サチコって言うんだ 本当はね」 という出だしで始まる「 サッちゃん」。 これは1953年に作られた日本の童謡である。 本来なら歌詞は3番目までしか存在せず、曲中で語られる「サッちゃん」が引っ越してしまう内容になっているが…どうも都市伝説によると、この童謡には 幻の4番があるというのだ。 しかも歌詞の内容がかなり衝撃的とのこと。 サッちゃんは電車に引かれて足を切断され、 そのまま 亡くなってしまうと言うのだ。 また、都市伝説ではこうも語られている。 「サッちゃんはそれから 怨霊になって、今も日本中をさまよっている」と… いや怖い。 ところで、これに似た都市伝説をどこかで聞いた覚えはないだろうか?そう、ご存じの方も多いかもしれないが、あの「 テケテケ」である。 ちなみに都市伝説いわく、「テケテケ」の正体は「サッちゃん」のモデルと同一人物とも言われている。 彼女の本名は 桐谷佐知子といい、北海道に住む14歳の中学生だった。 いつものように下校していると、通学路の途中にある線路に足が挟まって、もがいている最中に電車に引かれてしまった…どうも童謡「サッちゃん」の歌詞は都市伝説によって違いがあり、場合によっては「 10番まで続く」というものもある。 調べてみるとその全文が見つかったが、あまりに長いのでここでは割愛させていただく。 意味のある部分だけを要約すると、 彼女は足を切断された、あるいは胴体を真っ二つにされたとも言われているが… 事故にあったのは 冬の寒い日だったため、幸か不幸か血液が固まり、すぐには亡くならなかった。 逆にその時の苦しみが忘れられずに、今でも怨霊となって日本中をウロついているのである。 また似たような都市伝説として「 カシマさん」「 シャカシャカ」というのもある。 ただしどのエピソードも「サッちゃん」の歌詞の意味と似ているため、 地方によって呼び方が違うだけだと考えられている。 まさか歌詞の2番でバナナが好きと唄われた子が、そんな亡霊になってしまったとは…都市伝説なのであまり無粋なことを言うものではないが、あまりの急展開に思わず唖然とする「幻の4番」以降の歌詞だ。 意味が分からないほどぶっ飛んだ内容であり、「 なんで君は生きてるの?」と言う一文には少しゾッとする。 というワケで今回は、いくつかの童謡にまつわる都市伝説を中心にその歌詞に込められた意味を紹介してきた。 どうも日本の古い曲は人を不安にさせるメロディが多いように感じる。 いわゆる「 原風景的」な音楽だとは思うが… 歌詞を変な意味で捉えかねないので、ほどほどにして欲しかったと過去の作曲家たちに言いたい。

次の

本当は怖い童謡の真実!?隠された都市伝説の謎|いわこのネタとエンタメブログ

童謡 怖い

概要 [ ] は目を隠して中央に座り、その周りを他の子が輪になって歌を歌いながら回る。 歌が終わった時に鬼は自分の真後ろ(つまり後ろの正面)に誰がいるのかを当てる。 各地方で異なった歌詞が伝わっていたが、初期にによって記録されたの歌が全国へと伝わり現在に至った。 野田市が発祥地といわれることから、のの前に「かごめの唄の碑」が建立されている。 を扱っている歌だとされるため、東京では放送できるが大阪では放送できず排除される形となっている。 歌詞 [ ] 地方により歌詞が異なる。 かごめかごめ 籠の中の鳥は いついつ出やる 夜明けの晩に 鶴と亀 と滑った 後ろの正面だあれ?• かごめかごめ 籠の中の鳥は いついつ出やる 夜明けの晩に 鶴と亀 が滑った 後ろの正面だあれ?• かごめかごめ 籠の中の鳥は いついつ出やる 夜明けの晩に 鶴と亀が統べった 後ろの正面だあれ?• かごめかごめ 籠の中の鳥は いついつ出やる 夜明けの晩に つるつる滑った 鍋の鍋の底抜け 底抜いてたもれ• かごめかごめ 籠の中の鳥は いつもかつもお鳴きゃぁる(お鳴きやる) 八日の晩に 鶴と亀が滑ったとさ、ひと山 ふた山 み山 越えて ヤイトを すえて やれ 熱つ や(お灸を据えて、やれ熱や)• 籠目籠目 加護の中の鳥居は いついつ出会う 夜明けの番人 つるっと亀が滑った 後ろの少年だあれ?• かごめかごめ 籠の中の鳥は いついつ出会う 夜明けの晩に 鶴と亀が滑った 後ろの正面だぁれ?• かごめかごめ 籠の中の鳥は いついつ出会う 夜明けの番人 鶴と亀が滑った 後ろの少年だあれ? なお、文献では、このかごめかごめは中期以降に現れる。 『後ろの正面』という表現は、末期以前の文献では確認されていない。 さらに、『鶴と亀』『滑った』についても、明治以前の文献で確認されていない。 現存する文献 [ ] 「竹堂随筆」 竹堂随筆 ちくどうずいしゅう :3年()頃に編纂 浅草覚吽院に住した修験僧「行智」の編んだ童謡集で、・年間( - )頃に収録された童謡集 「かァごめかごめ。 かーごのなかの鳥は。 いついつでやる。 夜あけのばんに。 つるつるつっぺぇつた。 なべのなべのそこぬけ。 そこぬいてーたーァもれ。 」 「戻橋背御摂」 戻橋背御摂(もどりばしせなのごひいき :10年()、江戸市村座で初演された芝居 鶴屋南北の作で、芝居に取り入れた子供の遊び唄。 戻橋背御摂に関しては大南北全集 春陽堂 、鶴屋南北全集 三一書房 などで確認できる。 「かごめかごめ籠の中の鳥は、いついつ出やる、夜明けの晩に、つるつるつっはいた」(大南北全集) 「かご目かご目篭の中の鳥はいついつ出やる、夜明けの晩につるつるつるはいつた」(鶴屋南北全集) 「月花茲友鳥」 月花茲友鳥 つきとはなここにともどり :文政6年()、市村座で初演された浄瑠璃。 清元全集 日本音曲全集刊行會 、日本歌謡集成 春秋社 などで確認できる。 「かごめかごめ籠の中の鳥は、いついつ出やる、夜明けの晩に、つるつるつるつゝぱつた」 「幼稚遊昔雛形」 幼稚遊昔雛形 おさなあそびむかしのひながた :15年()に刊行された万亭応賀編の童謡童遊集 「かごめ かごめ かごのなかへ(の)とりは いついつねやる よあけのまえに つるつるつッペッた なべの なべの そこぬけ そこぬけたらどんかちこ そこいれてたもれ(孫引き)」 「俚謡集拾遺」 俚謡集拾遺 りようしゅうしゅうい :(4年)刊行 (38年)、文部省により各都道府県から集められ、(大正3年)に刊行された「俚謡集」に収録されなかったものを集めたのが俚謡集拾遺である。 「籠目かごめ、籠の中の鳥は、いついつでやる、夜明けの晩に、ツルツル辷(つ)ウベッた。 」 東京 「籠目かごめ、籠の中のますは、何時何時出やる、十日の晩に、鶴亀ひきこめひきこめ。 」 長野県 「かごめかごめ、籠の中の鳥は、いついつ出やる、よあけの晩げつゝらつゥ」 新潟県 「かごめかごめ」に関する俗説 [ ] この節にはが含まれているおそれがあります。 問題箇所をしして、記事の改善にご協力ください。 議論はを参照してください。 ( 2011年8月) この歌の歌詞が表現する一風変わった(ある意味神秘的な)光景に関しては、その意味を巡って様々な解釈がある。 ただ、『鶴と亀』以降の表現は明治期以降に成立したと思われるため、それらの解釈に古い起源などを求めることは困難である。 また、この歌の発祥の地についても不詳である。 姑によって後ろから突き飛ばされ流産する妊婦や、監視された環境から抜け出せない、の所在を謡ったものとする俗説などがある。 歌詞の解釈 [ ] 解釈に際しては、歌詞を文節毎に区切り、それぞれを何かの例えであると推定し、その後で全体像を論じる形をとっているものが多い。 以下に一部を紹介する。 「かごめ」 [ ]• 籠目、すなわち竹で編まれた籠の編み目を表す。 「囲め」が訛ったもの。 つまり、かごめ遊びをする際に、皆で「囲め、囲め」と呼び合っている。 「屈め」が訛ったもの。 つまり、かごめ遊びをする際に、オニに対して「屈め、屈め」と言っている。 籠目の形、すなわち六角形のことである。 籠目の形、すなわちのことである。 「籠女」と書き、見た目が籠を抱いているような女性、すなわち妊婦のことである。 「カーゴ(Cargo)」に乗る役目。 処刑場を囲んだ竹垣を表している。 「かごめ」は「神具女」(かぐめ)若しくは「神宮女」(かぐめ)である。 即ち、神の雰囲気を具える女、日本で古くから厚く信仰されていた祈祷を行う「巫女」 ミコ、預言者 や「斎宮」の意味である。 「かごのなかのとり」 [ ]• 「籠の中の鳥」であり、当時の風俗から考えて鳥は鶏である。 かごめ遊びの中で、オニとなった人を「籠の中の鳥」に喩えている。 「籠の中の鳥居」と解釈し、籠に囲まれた小さな鳥居、もしくは竹垣に囲まれた神社を表している。 ある点を籠目の形(六角形または五芒星)に結んで出来た図形の中心に存在する物を指している。 籠目の形をした空間の中心に存在する物を指している。 籠女(妊婦)の中にいるもの、つまり胎児のことを指す。 子供のことである。 「とり」=トリをとる人。 祭り等で、最後の締めをやる人。 最後尾に就いて、取り溢しが無いように皆を追い上げて、締めをする人。 「いついつでやる」 [ ]• 「何時、何時、出会う」であり、「何時になったら出会うの?」「いつになったら出て来るの?」と疑問を投げかけている。 「何時、何時、出遣る」であり、「何時になったら出て行くの?」と疑問を投げかけている。 「何時、何時、出遣る」であり、「何時になったら出て行けるの?」と疑問を投げかけている。 「何時、何時、出遣る」であり、「いつ、出現するか?」「いつ、出て来るのか?」と疑問を投げかけている。 「何時、何時、出やる」であり、「何時になったら出るのかな?」と疑問を投げかけるのであるが、「出やる」の「やる」は西日本で、目下の者や愛玩動物に対して親しみを込めて使う敬語的語彙であり、共通語で的確な訳語がないが、「出やがる」に親しみのニュアンスを持たせたとでも云うべき意味を持つ。 「よあけのばんに」 [ ]• 「夜明けの晩」つまり「夜明け=夜の終り、朝の始まり」「晩=夕暮れ、夜」であり、「真夜中過ぎ」を指している。 「夜明けの番人」であり、籠の中の鳥、つまり鶏のことである。 「夜明けの晩に」は「夜明けから晩に至るまで」という意味であり、「朝早くから夜遅くまで」という時間の経過を表している。 「夜明けの晩」つまりは光を見る前であり、胎児からの視点では臨月に当たる。 「夜明け」は夜が明けたときで、「晩」は夜のこと。 つまり「夜明けの晩」とは「存在しない時間」のこと。 「夜明けの晩」つまり「夜明け」の「晩=終り(朝が始まりなら晩は終り)」であり、「夜が明ける終りの部分」つまり「日の出=日光を見る(日光東照宮の方向を見る)」を指している。 「夜明けの晩」つまり「夜明けとも言える晩」であり、午前4時前後の時間帯を指している。 「つるとかめがすべった」 [ ]• 「鶴と亀が滑った」であり、縁起の良い象徴の2つが滑るということで、吉兆(もしくは凶兆)を表している。 「鶴と亀が統べた」であり、鶴および亀に象徴される為政者(または建造物)を表している。 「鶴と亀が統べった」であり、鶴および亀に象徴される為政者が、「統治した」と「滑った」を掛けてある。 京都に伝わる童謡の歌詞「つるつる つっぱいた」が変化したもので、「ずるずると引っ張った」という意味である。 の「月花茲友鳥」より、「つるつるつるつっぱいた」が変化したもので、「するすると突っ込んで入っていった」という意味である。 「鶴と亀が滑った」であり、長寿の象徴である2つが滑るということで、死を表している。 とを統べるでが統治。 「鶴と亀」とは、日光東照宮御宝塔(御墓所)の真前に(側近くに)置かれている「鶴(飛ぶ=天)」と「亀(泳ぐ=海)」のことであり、徳川家康の側近つまりが「統治する(陰で操る)」という意味である。 「うしろのしょうめん だあれ」 [ ]• 「後ろの正面」は、真後ろを表し、「真後ろにいるのは誰?」と問うている。 「後ろの正面」は「鬼」の背面(背中側)を指す。 「後ろの正面、誰?」は、「後ろを向いた時に正面に居る人は誰?」との意味。 転じて、逆の存在・影の指揮者・取り憑いていた存在等を表す。 江戸時代、京都で「正面」と言えば大仏殿を指し、正面の後ろに葬られた人物()を連想させている。 された首が転がって、体は正面を向いているけれど首が後ろを向いて、「私を殺したのは誰?」と問うている。 または、死んだことに気付かず目の前の首がない体は誰のものだろうと疑問に思っている様子を表している。 ただし、この「しょうめん」の部分の歌詞は、一部の地域では「しょうねん 少年 」とする場合もある。 の出身地 から の方向を向くと、「後ろの正面」はちょうど、日本で唯一、明智光秀のを所蔵している がある()になる。 歌全体の解釈 [ ] 「かごめかごめ」はその歌詞の、論理のおかしさ、普通ではなく合理的でない所が、人間の類推の能力に働きかけ、聞く人を楽しませる、面白味のある言葉遊びの歌として日本中に流行したとする説。 主に女児の遊ぶ「かごめかごめ」は、歌の冒頭で一人の目の見えない状態の女児を複数の女児が取り囲み「かごめ かごめ」と囃し立てるところから始まる。 ここでの「かごめ」は、「囲め」と「籠のなかの女」と「格子状で隙間のある」等の複数の意味を持つとなっている。 次に「かごのなかのとりは」で、冒頭の「かごめ」の意味を「鳥類のかもめ」 の意味へ一転させ、取り囲まれた女児を「鳥が囲まれている(とりかこまれている)」「籠の中の鳥」等と意味付けている。 次に「いついつでやる」で、「鳥はいつ籠から出ていくのか」「答え合わせはいつだろう」という期待感を持たせると同時に「鳥が誰かと会う」ことをし、多義性を持たせている。 次に「よあけのばんに」で「夜が明けた晩」という、「朝と夜の順序が逆」というを用い、疑問と混乱を誘うおかしみを出している。 そして「つるとかめがすべった」で、「鳥は鶴だった」と「かもめ」から一転させ、「鳥が出会ったのは亀であった」という拍子抜けを誘い、「縁起の良い鶴と亀が滑って転んだ」という失敗へのを持たせ、最後に「うしろのしょうめんだあれ」で「後ろなのに正面」という、「誰が真後ろにいるかを当てて頂戴」という多義性を持たせている。 後ろの正面は誰?」と解釈する。 ただし「鶴と亀がすべった」の部分については「語呂やリズムを合わせる為」と曖昧にしているものが多い。 遊女説(提唱者不明) 一日中(夜明けの晩に)男性の相手をさせられ(鶴と亀が滑った)、いつここから抜け出せるのだろう(いついつ出やる)と嘆いているうちにもう次の相手の顔(後ろの正面だあれ)が見え隠れしている、という自由のない遊女(籠の中の鳥)の悲哀を表している。 説(提唱者不明。 埋蔵金と結びつけてテレビ番組等で紹介されている) 日光東照宮の三神庫と呼ばれる建築物群や奥院には鶴と亀が対になって飾られている所があり、歌詞中の「鶴と亀が統べった」はこの彫刻を指しているとしている。 豊國廟説(など) 正面とは京都の周辺(現在の正面通り)を指し、を神格化する際に邪魔となった豊臣秀吉を神の座から引き摺り降ろす為に行われた、豊国神社の打ち壊しと、秀吉の棺を掘り返して庶民と同じ屈葬にして埋め直した事件を表したものである。 埋蔵金説(提唱者不明) 「鶴と亀」はそれぞれ芦名家の城の別名であり、埋蔵金の隠し場所を示している。 陰謀説(提唱者不明) 「かごめ」は 籠女と書いてお腹に籠を抱いているような女=妊婦を示し、「かごの中の鳥」とはお腹の中にいる子供を示す。 その妊婦の家は相続争いで争っている最中で、1人でも相続人の候補が増えることに快く思わないものもいた。 出産予定日もそろそろというある夜明けの晩、階段を降りようとした妊婦は誰かに背中を押されて落ちてしてしまった。 自分を落とし子供を殺したのは誰だという母親の恨みの歌という説である。 囚人説(提唱者不明) かごめは、籠つまり牢屋を指していて「籠め籠め」と牢屋に聞いている様。 籠の中の鳥=オニは囚人である。 鶴と亀が滑った=縁起の良くないこと、つまり脱走や死刑を表す。 後ろの正面だあれ=死刑囚を呼びにきた監視、又は脱獄の手助けをするもの。 いったい誰が来るのか? どんな運命になるのか? という説である。 明智光秀・南光坊天海同一人物説() の正体が、に敗れた後も生き延びたであることを示唆しているとする説。 鶴と亀には、日光東照宮の彫刻の他にとの意味もあるとする。 ただし前述のように、「鶴と亀」の部分が明治期以前に存在していたことを示す文献は確認されていない。 神示説(提唱者不明) 「かごの中の鳥」は「肉体に自己同化し、肉体に閉じ込められた人」、「いついつ出やる」は「いつになったら肉体が自分でないことに気づくのか」、「鶴と亀がすべった」は「陰と陽が統べった」即ち「目覚めた」ときに、「うしろの正面だあれ?」=「自分」とは誰なのでしょう?という意味の、人の精神的目覚め・開悟を歌っているとする説。 歌詞解釈以外の俗説 [ ] 降霊術説 「カゴの中の鳥は」と歌っているところで円の中に人がいなければ霊を呼び出すという、と同様のに使われる歌であるという説もある。 呪術説 真ん中の子供に神様を宿らせるまじないであったとする説。 遊戯説 影の支配者を当てる遊戯。 関連項目 [ ]• 「」 - 著の児童文学作品• 「」 - の楽曲(作詞:将/作曲:アリス九號)。 「うしろの正面だあれ」 - の楽曲。 アルバム『』収録。 「」 - の楽曲(作詞:/作曲:)。 曲中に引用。 「カゴノトリ」 - ("橙色特別室"名義)による『』『』の楽曲。 曲中に引用。 - ヤングカジュアル婦人服を中心とした企画・製造・販売会社。 CMに「かごめかごめ」の替え歌が使用されている。 出典・脚注 [ ] []• 『-第五版』、。 『民間伝承論』共立社、1934年、181頁。 『放送禁止歌』知恵の森文庫、2003年 30、231頁。 原書は活字に起こされ『続日本歌謡集成』((36年) - (昭和39年))にて出版。 この説をとるものとして、例えば、柳田國男「こども風土記」がある(定本柳田國男全集21巻8頁)。 日光の慈眼堂には天海の廟所がある。 もと貝塚市鳥羽にあった海雲寺が、岸和田藩主の命で現地に移され、寺号も本徳寺と改められた。 『陰謀と暗号の歴史ミステリー』2008年4月15日発行 SAKURA MOOK33 編集発行人 西塚裕一 発行所 株式会社• 国土交通省北陸地方整備局. 2015年11月12日閲覧。 2006年10月7日時点の [ ]をアーカイブ。 参考文献 [ ].

次の

【閲覧注意】怖い話!童謡の歌詞に隠された本当の意味とは…?│都市伝説パラダイス

童謡 怖い

子どものころ、なんとなく耳にしたり、遊んだりする中で歌ったことがある童謡。 短い歌詞と、覚えやすいメロディーの裏に、思わずぞっとするようなストーリーや意味があるとか……。 てるてる坊主 誰でも1度は作ったことがあるであろう「てるてる坊主」。 白くて丸い、かわいらしいルックスながら、首を吊るような飾り方って、よく考えたら怖くないですか!? どうしてこんな歌詞になったのでしょうか? それにはこんな噂が……。 昔、降り続く雨に困っていると、ひとりのお坊さんがやって来ました。 お経を唱えてもらえば必ず晴れることで有名なのだといいます。 そこで殿様の前でお経を唱えてもらいましたが、次の日も雨は降り止みませんでした。 罰として、お坊さんは首をはねられてしまいます。 その首を白い布で包んで吊るしたところ、次の日はよく晴れました。 これがてるてる坊主の始まり、なのだそうです。 首をはねるだけでも十分怖いのに、それをさらに吊るすなんて残酷過ぎます……。 また、てるてる坊主の逸話の中には、左目を描いてはいけないというルールなどもあるんだとか。 見事願いを叶えて、いいお天気に恵まれたら、左目を描き足して、川に流すことが供養となるそうですよ。 シャボン玉 続いても有名な童謡「シャボン玉」。 よくこんな怖い歌、歌うな〜。 — カラサワ cxp02120 シャボン玉の歌も実は怖い歌。 あれは戦時中に亡くなった子どものことを歌っている — カオスちゃん あびこ kotonakare666 作者の野口雨情が、生まれてわずか8日目だった長女の訃報に、我が子の儚い命をシャボン玉になぞらえて唄ったものだとか。 子を亡くした親の切ない想いが込められた曲なんですね。 もちろん所説ありますが、これが本当なら怖いというより、悲しい童謡なのですね。 ちなみに、この曲は「風、風、吹くな シャボン玉飛ばそ」という歌詞が続いています。 生まれてきた大切な命が健やかに育ってほしいという気持ちが込められているのかもしれませんね。 「 花いちもんめ」 お友だちと手を繋いで遊んだ記憶のある「花いちもんめ」。 2組に分かれて、メンバーを増やしていく懐かしいあの遊びの歌にも、こんな噂が……。 花いちもんめ、箪笥長持あの子が欲しい。 あの子じゃ分からん。 相談しよう。 そうしよう。 だった。 歌詞に登場する「かって、まけて」は、じゃんけんの勝敗ではなく、人を「買って」金額を「まけて」という意味ではないかという見方もあるそうですよ。 あの子が欲しい、という直接的な歌詞は、よくよく考えるとそんな気もしてきます……。 どれもこれも、子どものころは全く意識していなかったので、気付きませんでした……。 年代や地域によって歌詞が変わることもあり、あくまでも噂ですが、改めて歌詞を知ると、聞き覚えのある童謡もショッキングな内容だったんですね。 暑い夏にふさわしい、少しぞっとするお話でした。

次の