万葉集 現代 語 訳。 『万葉集』の秀歌 朗読・現代語訳・解説音声|舒明天皇の歌

『万葉集』の秀歌 朗読・現代語訳・解説音声|舒明天皇の歌

万葉集 現代 語 訳

舒明天皇の歌 こんにちは。 左大臣光永です。 週の半ば、いかがお過ごしでしょうか? 私は先日、町田から小田急線で相模大野を経由してぐるっと片瀬江の島まで行ってみました。 ふだん鎌倉方面はJRで行くんですが、違う経由で行くのも楽しいですね。 窓からの景色に、わくわくしました。 今回は第一回足利尊氏です。 私の説明に加え、会場のみなさまと『太平記』などの本文を声を出して読みますので、頭より体で歴史の名場面を体感することができます。 東京近郊の方はぜひご来場ください。 そして、先日再発売しました。 「聴いて・わかる。 日本の歴史~飛鳥・奈良」。 すでに多くのお買い上げをいただいています。 ありがとうございます。 特典の「解説音声 額田王の歌」は、11月10日お申込みまでです。 お申込みはお早目にどうぞ。 本日は『万葉集』より、有名な舒明天皇の国見の歌ほか一篇です。 またはすべてのものがよりそっている。 宮の近くにある。 持統天皇の歌や『古事記』天の岩戸の話でも有名。 「あきづ」は蜻蛉。 『日本書紀』では神武天皇が大和の丘に登って国見をした際に、蜻蛉が交尾しているようだと発言したとされる。 『古事記』では雄略天皇の腕をアブが噛んだが、トンボがアブを捕えて飛び去ったので雄略天皇がトンボをほめたたえたとある。 【現代語訳】 大和にはたくさんの山があるが、とりわけ素晴らしい天の香具山に登り立って国見をすれば、陸地からは家々の竈の煙があちこちで立ちのぼり、海原ではカモメがあちこちで飛び交っている。 素晴らしい国だよ大和の国は。 【解説】 34代舒明天皇は、30敏達天皇の孫。 先代の推古天皇の崩御に伴い、蘇我氏の強い後押しで即位。 飛鳥の岡本宮で天下を治められました。 この舒明天皇の国見の歌は『万葉集』の中でも特に有名です。 雄大な響きじゃないですか。 「国見」は為政者が山や高台に上って支配地域を見渡すことです。 我こそはこの国の支配者ぞ。 国民を治めていくぞと、そういうデモンストレーションの意味がありました。 ここでは天の香久山に上った舒明天皇が、大和盆地を見渡して国見の歌を詠んでいるのです。 正面には畝傍山。 右手には耳成山。 それと香久山をあわせて大和三山といいます。 中にも香久山は、高天原から下りてきたと言われる聖なる山です。 頭に「天の」をつけるのは、そのためです。 空からすーーっと下ってきたイメージですね。 「かまめ」はかもめの古い言い方です。 大和盆地の真ん中で海の無い所にかもめがいるのは不思議ですが、周りには埴安 はにやす の池、磐余の池、耳梨の池、鷺栖 さぎす の池、そして磐余 いわれ の池など。 池が多いです。 そこで何か水鳥が舞い飛んでいたかもしれません。 「うまし国よ」は、すばらしい国だよ。 「あきづ島大和の国は」…「あきづ島」は、「大和」という地名にかかる枕詞です。 「あきづ」は蜻蛉。 『日本書紀』では神武天皇が大和の丘に登って国見をした際に、蜻蛉が交尾しているようだ。 そう言われたと書かれています。 大和盆地をパノラマ状に見渡すと、山々が点々としている、その様子が、トンボがつながりあっているさまに見えたんでしょうか。 交尾、ということから、農作物の豊作・豊饒を祈ることにも、つながっていくわけです。 声に出して気持ちいい、雄大な歌です。 舒明天皇の有名な歌をもう一首。 夕されば小倉の山に鳴く鹿は今宵は鳴かずい寝にけらしも 夕暮れになると、小倉の山にふだんは鹿が鳴くのだが、今夜は鳴かない。 もう寝てしまったのかなあ。 しっとりとした、夜の静けさが伝わってくるじゃないですか。 牡鹿が牝鹿を求めて鳴く、そのわびしい声も、今夜は聞こえない、もう寝てしまったのだろうか。 小倉山の場所は正確には不明ですが、奈良県桜井市の外鎌山 とかまやま と考えられています。 ふもとには歌の作者・舒明天皇の陵があります。 飛鳥は大伴旅人の歌についてお話しします。 お楽しみに。 発売中です 聴いて・わかる。 日本の歴史~飛鳥・奈良 第一部「飛鳥時代篇」は、蘇我馬子や聖徳太子の時代から乙巳の変・大化の改新を経て、壬申の乱まで。 第二部「奈良時代篇」は、長屋王の変・聖武天皇の大仏建立・鑑真和尚の来日・藤原仲麻呂の乱・桓武天皇の即位から長岡京遷都の直前まで。 教科書で昔ならった、あの出来事。 あの人物。 ばらばらだった知識が、すっと一本の線でつながります。 特典の「解説音声 額田王の歌」は11月10日お申込みまでの早期お申込み特典です。 お申込みはお早目にどうぞ。 本日も左大臣光永がお話ししました。 ありがとうございます。 ありがとうございました。 発売中 百人一首 全首・全歌人 徹底解説 百人一首のすべての歌を、歌の解説はもちろん、歌人の人物・歌人同士の人間関係・歴史的背景など、さまざまな角度から解説しました。 単に「覚える」ということを越えて、深く立体的な知識が身に付きます。 李白 詩と生涯 中国の詩である漢詩 唐詩 を日本語書き下しでだけ読んで、本当に味わったと言えるでしょうか?やはり中国語でどう発音するのかは、気になる所だと思います。 詩吟愛好者の方にもおすすめです。 杜甫 詩と生涯 杜甫の詩28篇を漢文書き下しと現代語訳、中国語で朗読し、解説を加えたものです。 杜甫の詩の世界にどっぷりひたりたいという方、詩吟をされる方にもおすすめです。 聴いて・わかる。 日本の歴史 飛鳥・奈良 蘇我馬子や聖徳太子の時代から乙巳の変・大化の改新を経て、壬申の乱までの飛鳥時代篇。 そして奈良時代篇では長屋王の変。 聖武天皇の大仏建立。 鑑真和尚の来日、藤原仲麻呂の乱。 と歴史の流れに沿って語っています。 中国語・現代語訳つき論語朗読 「子曰く…」倫理観や道徳が失われつつある現代だからこそ、読み直したい古典中の古典。 お子さんやお孫さんへの読み聞かせ用にも。 聴いて・わかる。 日本の歴史 鎌倉と北条氏の興亡 鎌倉幕府の成立から滅亡まで。 約140年間の歴史を35章に区切って語ります。 聴いて・わかる。 日本の歴史 院政と武士の時代 白河上皇による院政のはじまりから、保元の乱・平治の乱・平家一門の繁栄・源平の合戦(治承・寿永の内乱)を経て、源頼朝が鎌倉に武士の政権を開くまで。 聴いて・わかる。 日本の歴史 平安京と藤原氏の繁栄 桓武天皇による長岡京・平安京遷都から、勢いをのばす藤原氏、摂関政治の全盛期を経て、白河上皇による院政のはじまる直前まで。 約300年間の歴史を語ります。 朗読『孫子』 「戦わずして勝つ」現代のビジネスや人間関係にも応用される、『孫子』の極意とは? 現代語訳つき朗読「おくのほそ道」 『おくのほそ道』は本文だけを読んでも意味がつかめません。 原文朗読に加え、現代語訳と7時間半にわたる詳細な解説音声によって、『おくのほそ道』の理解を徹底サポート。 語り継ぐ日本神話 日本神話の「国造り」から「神武天皇」までを、『古事記』『日本書紀』をベースに、楽しく、わかりやすく語っています。 「『古事記』に興味はあるけど、難しそうで…」「解説書を読んでもいまいちわからなかった」という方にはおすすめです。 『伊勢物語』 全125段 徹底詳細解説 全125段から成る断片的な物語が、相互に響きあい、つながりあい、そして浮かび上がってくるテーマとは? 現代語訳つき朗読『方丈記』 「行く河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」誰もが聞いたことのある鴨長明『方丈記』の書き出し。 しかし、書き出し以降の内容をちゃんと読んだことが ある方は、意外と少ないのではないでしょうか?.

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万葉集 現代語訳 巻五雑歌894・895・896山上憶良 : 讃岐屋一蔵の古典翻訳ブログ

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新元号が「令和」に決まった。 出典は、日本最古の歌集「万葉集」の「梅花の歌三十二首の序文」。 どんな文章なのか。 角川ソフィア文庫のによると、原文はこうだ。 天平二年の正月の十三日に、師老の宅に萃まりて、宴会を申ぶ。 時に、初春の令月にして、気淑く風和ぐ。 梅は鏡前の粉を披く、蘭は珮後の香を薫す。 しかのみにあらず、曙の嶺に雲移り、松は羅を掛けて蓋を傾く、夕の岫に霧結び、鳥はうすものに封ぢらえて林に迷ふ。 庭には舞ふ新蝶あり、空には帰る故雁あり。 ここに、天を蓋にし地を坐にし、膝を促け觴を飛ばす。 言を一室の裏に忘れ、衿を煙霞の外に開く。 淡然自ら放し、快然自ら足る。 もし翰苑にあらずは、何をもちてか情を述べむ。 詩に落梅の篇を紀す、古今それ何ぞ異ならむ。 よろしく園梅を賦して、いささかに短詠を成すべし。 「新版 万葉集 一 現代語訳付き 角川ソフィア文庫 」 天平2年(730年)の正月の13日、歌人で武人の大伴旅人(おおとものたびと)の太宰府にある邸宅で開かれた梅花の宴の様子を綴ったものだ。 「令」と「和」の文字が入った一文は、 「初春の佳き月で、空気は清く澄みわたり、風はやわらかくそよいでいる」という意味。 季節が春に向かおうとしているのどかで麗らかな様子が描かれている。 「新明解」(三省堂)で「令」を引くと、「きまり」や「おきて」以外に「よい」という意味がある。 「和」には「おだやか」「のどか」のほかに「調子を合わせる」「日本(式)の」という意味がある。 <現代語訳はこちら> 天平2年の正月の13日、師老(大伴旅人・おおとものたびと)の邸宅(太宰府)に集まって宴会を行った。 折しも、初春の佳き月で、空気は清く澄みわたり、風はやわらかくそよいでいる。 梅は佳人の鏡前の白粉のように咲いているし、蘭は貴人の飾り袋の香にように匂っている。 そればかりか、明け方の山の峰には雲が行き来して、松は雲の薄絹をまとって蓋をさしかけたようであり、夕方の山洞には霧が湧き起こり、鳥は霧の帳に閉じこめられながら林に飛び交っている。 庭には春に生まれた蝶がひらひら舞い、空には秋に来た雁が帰って行く。 そこで一同、天を屋根とし、地を座席とし、膝を近づけて盃をめぐらせる。 一座の者みな恍惚として言を忘れ、雲霞の彼方に向かって、胸襟を開く。 心は淡々としてただ自在、思いは快然としてただ満ち足りている。 ああ文筆によるのでなければ、どうしてこの心を述べ尽くすことができよう。 漢詩にも落梅の作がある。 昔も今も何の違いがあろうぞ。 さあ、この園梅を題として、しばし倭の歌を詠むがよい。 「新版 万葉集 一 現代語訳付き 角川ソフィア文庫 」 安倍晋三首相は、新元号「令和」に込めた意味について「 悠久の歴史と香り高き文化、四季折々の美しい自然、こうした日本の国柄をしっかりと次の時代へと引き継いでいく、厳しい寒さの後に春の訪れを告げ、見事に咲き誇る梅の花のように、一人一人の日本人が明日への希望とともにそれぞれの花を大きく咲かせることができる、そうした日本でありたいとの願いを込めた」と語っている。

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1.肉食系女子の歌 【原文】 恋(こ)い恋(こ)いて 逢える時だに 愛(うるわ)しき 言尽してよ 長くと思わば 【現代語訳】 恋い続けて久しぶりに会えた、そのときだけでもせめて私が喜ぶような良い言葉を尽くしてください。 あなたが長くこの関係を続けようとお思いならば・・・ 【歌手】 大伴坂上郎女(おおとものさかのうえいつらめ) 一見普通の和歌に見えるけど・・・ -当時の恋愛事情- 恋とは、非日常の行為であり、通常では考えられないような強い欲情を湧き起こす不思議なパワーに満ち溢れた行為です。 これに加え、性行為による子の誕生とも連想づいていき、 恋は神聖なものと考えられていました。 当時、そんな神聖なる恋は人目を避けて行うというのが常識でした。 なかなかプラトニックですね・・・。 以上の事情から、 恋と言えば夜の密会というのが当たり前だったのです。 さらにさらに!密会はどのようにして行われたかというと、男が女の家に夜這いしてました。 しかも、当時は一夫多妻制。 何が言いたいかというと、 愛する人に逢いたい!とどんなに胸を焦がしていても、女性にできることは、別の女のところに夜這いしてるともわからない愛する人を待ち続けることだけだったのです。 そのため、当時の女性たちの多くは「愛する人に会いたいわ・・・」と悩める乙女の気持ちを和歌にして読んでいました。 そんな中、大伴坂上郎女は違います。 多くの女性たちが「あの人に逢いたい・・・」と悲しい気持ちを歌いながら愛する人を待ち続けいたのに対して、大伴坂上郎女は 「 やっと会えたんだから、もっと私に素敵な言葉をかけてよ!あなた、私のこと好きなんでしょ?ずっと私と付き合いたいならもっと私に尽くしてよ!!」 と当時の恋愛事情を考えるとかなり強気の発言をしています。 (とはいえ、逢えてうれしい気持ちもにじみでていますね!) 相手の男は大伴坂上郎女にゾッコンだったのかもしれません。 肉食系女子と草食系男子、今も昔も変わらぬ恋の形なのかもしれません。 (しみじみ・・・) 2.禁断の恋を決意した高貴な女性の歌 【原文】 人言(ひとごと)を 繁(しげ)み言痛(こちた)み 己(おの)が世に いまだ渡らぬ 朝川渡る 【現代語訳】 スキャンダルがうるさいので、私は生まれて初めて、あなたに逢いに夜明けの川を渡ります。 【歌手】 但馬皇女(たじまのひめみこ) 寂しさから求めてしまう禁断の恋の味 但馬皇女は、天武天皇という天皇の娘であり、 高貴な身分の女性でした。 但馬皇女には、 高市皇子(たけちのみこ)という夫がいました。 しかし、肉食系女子の歌で説明したとおり、当時は一夫多妻制です。 但馬皇女は、 高市皇子との年齢差が大きかったこともあり、 高市皇子に全然構ってもらえず、さみしい想いで過ごす日々が続いていました。 高市皇子には、別に正妻がいたのです・・・。 そんな中、高市皇子を夫に持つ但馬皇女は 穂積皇子(ほずみのみこ)という別の男性に恋をしてしまいます。 高貴な女性の危ない密会の始まりです。 しかし!但馬皇女と穂積皇子の密会ラブラブデートが、天皇の知るところとなってしまいます。 天皇は、この禁断の恋に大激怒。 「 天皇の娘ともあろうものが、他の男と浮気するとは何事か!!!」 天皇の逆鱗に触れた穂積皇子は、都から追放されてしまいます。 こうして但馬皇女は穂積皇子とは逢えなくなってしまいました。 許されない恋でも・・・やっぱりあなたに逢いたい! 肉食系女子の歌でも説明した通り、当時の恋愛事情では、男が女に会いに行くのが一般的なスタイルで、女の人はひたすらに男性を待つというとても辛い恋愛をしていました。 ところが、但馬皇女は、寂しすぎて穂積皇子に逢うのを我慢できません。 人のいない夜明けに、追放された穂積皇子に会いに行く決意をします。 男が女の下へ訪れるのが普通の時代なので、これはとんでもない行為でした。 もしまた、周囲の人に知れれば今度は何をされるかわかりません。 そんな但馬皇女の禁断の恋に生きる覚悟がこの歌には込められています。

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