お彼岸 意味 由来。 お彼岸の「おはぎ」と「ぼたもち」の由来は?

【マメ知識】おはぎ?ぼたもち?なぜお彼岸にお供えする?|島田屋本店

お彼岸 意味 由来

つまりこれは、 「娑婆(シャバ)」のことを指しています。 そして仏教では、 極楽浄土が西の彼方にあると考えられています。 春分の日• 秋分の日 これらの日は 太陽が真西に沈むので、極楽浄土の方角がはっきりわかります。 太陽が真西に沈む「春分の日と秋分の日」 まずはこの天球の図を見てください。 天球:地球を中心として取り巻く球体• 黄道:天球上における太陽の見かけの通り道• 天の赤道:地球の赤道面を天球にまで延ばし、天球上と交差してできる大円• 春分点:黄道と赤道の交点のうち、太陽が赤道を南から北へ横切る点 春分の日の説明ですが、春分の日というのは、この図にある 『春分点』をスタートとして、 スポンサードリンク お彼岸で墓参りをする意味は? お彼岸でお墓参りをする意味は、上で触れたように、 極楽浄土が西の彼方にあると考えられているため、「春分の日」と「秋分の日」は太陽が真西に沈むので、極楽浄土の方角がはっきりわかります。 このことから、 「この世とあの世との距離が最も近づく日」 と考えられていました。 ですので、お彼岸にはお墓参りをしてご先祖さまを供養し、お祈りをすることで故人を偲ぶという風習が残っているのです。 お盆とお彼岸の違いって? ご先祖様の供養というと、お盆が思い浮かびますね。 このお盆も、ご先祖さまへの供養をする日となっていますが、実は、お彼岸とお盆では意味合いも変わってきます。 スポンサードリンク お彼岸でおはぎを食べる意味は? お彼岸の時期には おはぎを食べるといった風習が残っています。 では、どうして「おはぎ」を食べるようになったのでしょうか? それにはおはぎに使われている 「あずき」 が関係していると言われています。 あずきには元々 【邪気を払う】とされており、昔から日本では赤色に魔よけ効果があるとされていました。 東洋思想の五行では赤色は 「火」を表します。 例えば、小豆粥 あずきがゆ を食べる習慣は、『土佐日記』にも書かれているほど歴史があります。 ですので、 あずきを使ったおはぎは邪気を払うとされていたのですね。 また、当時は高価なものとされていた「砂糖」や「もち米」を使うことから、ご先祖さまを大切に思う気持ちが表れているのです。 そして、 『あずきともち米を合わせる(ご先祖さまと心を合わせる)』 という意味が込められていたと言われています。 お彼岸でおはぎをお供えしたり食べたりする意味には、このようにご先祖さまを思う気持ちが込められていたのですね。

次の

秋彼岸の意味や由来、2020年の期間はいつからいつまで?

お彼岸 意味 由来

2019. 27 2020. 2 2019. 3 2020. 17 2013. 11 2020. 金子智子建築設計室 一級建築士事務所 家の建築・リノベーションの専門家• せいざん株式会社 大人のためのbetterlifeマガジン• クリエイティブ sai 地味に忙しい幸運体質の編集人• 株式会社 FinCube お金に関する記事の監修者• 解体サポート 解体に関する記事の監修者• 株式会社HOWL ライター・ディレクター• 敬食ライター ライター・レポーター あなたに おすすめ記事 Recommend.

次の

お彼岸の意味とは?お盆とは違う?概要や由来を詳しく解説!

お彼岸 意味 由来

悟りに至るために越えるべき迷いや煩悩を川に例え(とは無関係)、その向こう岸にがあるとする。 ただし、「波羅蜜」の解釈については異説が有力である。 由来 [ ] でいう「」(が治める浄土の一種、西方浄土)は西方にあり、春分と秋分は、太陽が真東から昇り、真西に沈むので、西方に沈む太陽を礼拝し、遙か彼方の極楽浄土に思いをはせたのが彼岸の始まりである。 現在ではこのように仏教行事として説明される場合が多い。 それがやがて、祖先供養の行事へと趣旨が変わって定着した。 しかし、彼岸の行事は日本独自のものでインドや中国の仏教にはないことから、民俗学では、元は日本古来の土俗的な太陽信仰や祖霊信仰が起源だろうと推定されている。 は彼岸という言葉は、豊作を太陽に祈願する太陽信仰の言葉の「日の願い」が、「日願(ひがん)」として、仏教語の「彼岸」と後から結びついたものであるとする。 民間習俗と彼岸の名称とその時期とが結合して、仏教行事になり、歳時習俗として生活の中に大きな存在となった、と指摘する。 歴史 [ ] 延暦25年(806年)、日本で初めて仏教行事としての彼岸会が行われた。 『日本後紀』延暦25年(806年)2月条に、「毎年春分と秋分を中心とした前後7日間、「金剛般若波羅蜜多経」を崇道天皇()のために転読させた」。 そして3月17日に朝廷のから「五畿内七道諸国」の、の僧に春分・秋分を中心とする7日間に金剛般若波羅蜜経を読ましむ命令が出ていて、これを命じた太政官符では以後恒例とするようにしていて、これが、後に彼岸会になった。 風習 [ ] 供物 [ ] で彼岸にとして作られる「」と「」は同じもので、炊いた米を軽くついてまとめ、分厚く餡で包んだ10cm弱の菓子として作られるのが今は一般的である。 各地で手作りされていた時は様々なぼた餅やおはぎがあった。 これらの名は、彼岸の頃に咲く(春)と(秋)に由来すると言われる。 時節 [ ] 気候 [ ] 日本の気候を表す慣用句に「」があり、・は彼岸のころまで続き、 彼岸をすぎると やわらぐという。 季語 [ ] では「彼岸」は春の彼岸を意味し、「彼岸」「彼岸前」「彼岸過」「中日」はのである。 これに対し、秋の彼岸は「秋彼岸」「秋の彼岸」という。 出典 [ ].

次の