蜻蛉日記 現代語訳。 蜻蛉日記 現代語訳―ある女の人生史

蜻蛉日記『嘆きつつひとり寝る夜・うつろひたる菊』 現代語訳

蜻蛉日記 現代語訳

蜻蛉日記「うつろひたる菊」解説。 教科書によっては、「嘆きつつ」というタイトルがついている場合もあります。 作者は藤原道綱の母、という名前が残っていない女性なのですが、日本史上、初の女性の手による日記文学であり、平安期を代表する女流文学の一つです。 センター試験や大学受験などでも多く出題されるこの「蜻蛉日記」 けれど、高校生たちの印象はさほど良くなく、 「旦那の浮気に耐えかねた妻の、嫉妬と愚痴の日記」という容赦ない感想を持たれてしまう日記でもあります。 けれど、この作者は「更級日記」の作者である藤原孝標の娘の伯母でもあり、文学的な才能に秀でた一家の生まれであることは確か。 更には、歴史的にも非常に重要な時代に生きており、日本史を学ぶ上でもとても興味深い人物でもあります。 で、千年前に書かれた愚痴が残っている、浮気ばっかりしていた夫とは誰だったのか。 蜻蛉日記の作者の夫は、 藤原兼家。 ふじわらのかねいえ 日本史選択者でないと、「誰それ? 」となってしまうのでしょうが、ある有名な人物のお父さんです。 それは、 藤原道長。 小学生でも知っている超有名人のお父さんが、兼家さんなわけです。 ちなみにこの作者が産んだ藤原道綱は、道長の腹違い お母さんが違う のお兄さん。 けれど、弟に見事に出世で追い抜かれてしまう人でもあります……本人より、お母さんの方が有名ですしね。 この夫の兼家さん。 けっっっこうな性格をした男性であり、 色々 あんまり褒められない エピソード満載な人なんですが、魑魅魍魎が跋扈する平安時代の宮中を牛耳ろうって人が、たった一人の妻を大事にし、その子どもだけを愛する……なんて品行方正な人物だったら、藤原家はこんなに繁栄しなかったでしょう。 つまりは、煮ても焼いても食えないような、そんな強かな人物像が浮かび上がってくるので、貴族のお姫様が「きーっっ!! 浮気ばっかりしないで、ちゃんと私のところに通いなさいよっっ!! 」と何度も訴えても、「うん、気が向いたらね」 笑顔 でスルーする豪胆っぷりが垣間見えます。 いいか悪いかは置いといて しかもこの兼家さん。 悪い癖のようなものがありまして……それは、 「奥さんが妊娠・出産すると、新しい女性のところへ通う 浮気する 」という、悪癖です。 現代だったら一発NGな癖ですが、平安時代は一夫多妻制でもあり、むしろ歓迎されていた行為なんですね。 まぁ、この道綱の母も、その兼家さんの悪癖のおかげで結婚できたので、一概に責められないというかなんというか…… そんな価値観も何もかもすれ違っている男女の、女性側からの赤裸々な日記であり、女性側に立って「兼家、最低っ!! 」と読むか、「これだけ不平不満ぶつけてる奥さん相手に、良く平気だな……兼家さん……」と読むかは、あなたの自由です。 ただ、一つ言えることは、これだけ女性の立場が低く、男性優位の社会の中で、相手に合わせて無理をして嘘を吐き続けた女性たちの中で、その本音を嘘偽りなく書き表したからこそ、数多の作品に埋もれることなく、現在まで生き残ったことは確かです。 自分の浮気に対する愚痴が、1000年も残るなんて、兼家さん、想像もしてなかったでしょうね……恐ろしや 「みんなが大好きな物語の男女関係なんて、嘘ばっかり。 だから私は、醜く見えても、嘘ではない本音を書きましょう」 そんな冒頭から始まっている、この蜻蛉日記。 確かに、辛辣なほどに本音がただ漏れで、ちょっと怖くなるぐらいに、兼家さんに対する愛情と愛しているが故の怒りで満ち満ちています。 更級日記の作者といい、この蜻蛉日記の作者といい……愚痴っぽくてどこなく粘着質なのは……家系なんでしょうかね 笑 では、本文解説です。 本文 黒太字 オレンジ色は文法解説部分。 〈訳〉現代語訳 〈文法〉品詞分解・説明 〈解説〉解説と言う名のツッコミ。 背景、状況説明など• 【本文 第1段落】 -1文目- 正月ばかりに、二三日 見えぬほどに、ものへ わたらんとて「人来ば、 とらせよ」とて、書きおきたる、 しられねば 身をうぐひすの ふりいでつる なきてこそゆけ 野にも山にも かへりごとあり うぐひすの あだにでゆかん やまべにも なくこゑきかば たづぬばかりぞ などいふうちよりなほもあらぬことありて、春夏なやみくらして八月つごもりに とかうものしつ。 〈訳〉 正月ごろに、二、三日、夫である兼家様が来なかった時、私がよそへ出かけようとして、「兼家様が来たら、渡しなさい」と召使に言って、書いておいた歌を渡した。 誰にも知られない鶯が、野や山で声を張りさけんばかりに鳴いているように、あなた 兼家 に気にかけてもらえない、つらい身の上の私も、その悲しさのあまり、あなたを思って泣きながらあてもなく出て参ります。 返事があった。 鶯のように、気まぐれな心で わたしが 山辺に出て行っても、 あなたの 鳴く声を聞いたら、その声を頼りに、私は尋ねて行くだけだよ。 などと言っているうちに、私に普通でないこと 妊娠 があって、春と夏はずっと体調が悪く、八月の末ごろに、どうにかなって無事、息子が生まれました。 この冒頭での和歌のやり取りで、二人の関係性が垣間見えますよね。 道綱の母は、ちょっとしたお出かけをする間にも、「もし兼家様が私が留守の間に来たらどうしよう。 もう2日も来ていないし、今日あたり来られるかもしれない」と不安になって、「昨日来てくれていたら、こんなに不安になることもなかったのに……」と、春の代名詞で、その鳴き声を間違うはずもない「ホーホケキョ」と鳴く鶯の声になぞらえて、「こんなに貴方が来ないことを気にして、泣くのはきっと私だけなんでしょうね。 ああ辛い。 早く来て、安心させてください。 寂しいです 」と詠います。 この時期はまだラブラブの時です。 だって妊娠していないから。 兼家もきっと、彼の感覚では足しげく通っていた時期なのでしょう。 なので、道綱の母の恨み節も、そこまででもない。 けっこうあっさりしています。 兼家さんのお返事の和歌は、 「そうか。 あなたは私を思って泣いてくれているのですね。 なら、その声を頼りにあなたの許へ行きましょう。 すぐ行くね! 」ぐらいの、拗ねている恋人をなだめる歌です。 そして、道綱の母はすぐ妊娠・出産をし、道綱を生みます。 本来なら、とっってもおめでたいことなんですが、ここから道綱の母の苦悩が始まります。 兼家さんの浮気が始まるんですね。 新しい女性を探し始める切っ掛けが、奥さんの妊娠出産なわけです。 もう、パターンですね。 -2文目- そのほどの心ばへは しもねんごろなるやう なりけり。 〈訳〉 そのころの夫の心づかいは、さすがに心がこもっているように思えました。 その頻度が、「心がこもっている」ということは、常にその状態を望んでいたけれど、それが満たされることはついぞなかったわけです。 道綱の母の苦悩の始まりですね…… 【本文 第2段落】 -1文目- さて、九月(ながつき)ばかりになりて、 出でにたるほどに、箱のあるを、手まさぐりに開けてみれば、 人のもとに やらむとしける文あり。 〈訳〉 さて、9月になって、夫が仕事で出かけていた時に、部屋に手紙をいれてある文箱があったので、何気なく開けて見たら、違う女性に送るつもりであろう手紙がその中にありました。 兼家さん、隠しているつもりなんでしょうが、道綱の母はとても疑心暗鬼ですし、自分自身も前の奥さんが妊娠・出産中に自分の元へと兼家が通ってきてくれているので、気が気じゃないんですね。 なので、夫の物を全て調べます。 そしたら、案の定、筆箱の中に自分宛じゃない和歌を見つけてしまうわけです。 現代だったら、夫のスマホを偶然見ちゃって、浮気のメールやラインのやり取りを偶然見ちゃった感じでしょうか。 -2文目- あさましさに、見てけりとのみ 知られむと思ひて、 書きつく。 〈訳〉 驚きあきれましたが、私がこの手紙を見てしまったことだけは夫に知らせておこうと思って、その手紙の空いている部分に、こんな歌を書き足しました。 大学受験必須の古典単語。 「あさまし」 あさまし=驚き、あきれること。 この2つの意味は、どちらが欠けてもだめです。 けれど、この忘れがちな2つの意味も、文脈で一緒に覚えると一気に頭の中に入ります 笑 ありがたいですね。 夫の浮気の証拠を見つけた時に、妻が感じた「あさまし」という感情。 最初は驚いて、その後に呆れますよね。 堂々とこんなところに入れてるなんて!! と、文句の一つも言いたくなる気持ちも分からなくもありません。 転んでもただでは起きない道綱の母。 流石に貴重な紙ですし、捨てるよりも、「見つけましたからね」という事実だけは、兼家さんに解らせておこうと、その和歌が書いてあった紙の隙間に、自分の和歌を書き足します。 〈訳〉 こんな他の女性に渡す文を見てしまうと、疑ってしまいます。 あなたが私のもとに通ってきてくれることも、途絶えようとしているのでしょうか? などと思っているうちに、案の定、十月の末ごろに、三日続けて通ってこないときがありました。 結びが連体形となる。 終止形と間違えないこと 〈解説〉 夫の浮気の証拠に、「もう私は忘れ去られてしまうの? そんなことはありませんよね という文章が残っている。 男性の感覚は予想することしかできませんが、こんなの見つけたら、背筋が寒くなるのではないのかなぁ……と正直思ってしまいます。 確かに妻側に攻める権利はありますが、そんな風に攻めても戻ってこないのでは……と。 自分の本音に正直に書く! と冒頭にも書いている道綱の母ですし、そうとう怒りっぽい性格をしているので、その怒りが収まらなかったのでしょう。 でも、その怒りの後ろ側にある感情は、兼家さんへの愛情であり、愛しているがゆえに、怒りの度合いもすさまじいものになります。 とっても愛情深い人なんだなというのは解るのですが、「もう来ないの? 」と確認を何度もされるのは……夫からしてみたらどうなんでしょうか。 そして、予想通り、兼家さんの悪癖が決定的になります。 3日間、連続で来ないときがあったのです。 平安時代の結婚は、3日間連続で男性が一人の女性の家に通い続け、1日目、2日目は夜のうちに帰るのですが、3日目はそのまま泊まって4日目の朝を迎えます。 そして4日目の昼から夜に催される宴が、現代の披露宴として残っています。 冒頭は、2日来なかったか、3日来なかったか、そんなに浮気を意識するようなことはなかったので疑っていませんでしたが、今回のは心当たりがあったのでしょうね。 続いて通ってくる、ということも減っていたのでしょう。 3日目だ……と、兼家が来ない夜を数えていた道綱の母———— その様子を想像すると、夫の不実な行いに悲しんでいる女性……というよりは、怒りとプライドがずたずたになって、怨念めいた恨みが渦巻いている沈んでいる女性を想像してしまうのは、私だけでしょうか。 -4文目- つれなうて、「しばし試みるほどに。 」など気色あり。 〈訳〉 そんなことがあったにも関わらず、夫の兼家は素知らぬ顔で、「しばらく貴女の気持ちを試しているうちに 三日間、あいてしまったのです。 」というありさまでした。 と思っていたのに、兼家さんは涼しい顔です。 「3日間も何してたの? 」と聞いた奥さんに対して、 「僕が来ないことで、あなたがどんな和歌をくれるか、あなたの愛情を試していたんですよ」とさらりと悪びれもせずに言う兼家さん。 よく、「喧嘩は同程度の人間同士でしか発生しない」という言葉がありますが、徹底的に道綱の母の訴えをまともに相手にしない兼家さんが薄情ととることもできますが、道綱の母が欲しい言葉をきちんと与えているところも読み取らなければなりません。 政治的な魑魅魍魎が跋扈し、血縁者や実の兄や弟であろうとも、仕えていた天皇であろうとも、権力闘争の前では邪魔者として排除する政治の世界の中で生きている兼家からしてみたら、女性の嫉妬ぐらい「あー、はいはい」で片付けられてしまうものなのかもしれませんね。 けっこうえぐいことしています 笑 【本文 第3段落】 -1文目- これより、夕さりつ方、「内裏に、逃る まじかりけり。 」とて出づるに、 心得で、人をつけて見すれば、「町の小路なるそこそこになむ、 泊まり給ひぬる。 」とて 来たり。 〈訳〉 ここ(私の家)から、夕方ごろ、「内裏(宮中)に断れそうにない用事ができてしまったなぁ。 」と(夫の兼家が)出かけるので、(私は)何かがおかしいと納得できず、召し使いの者をつけて監視させると、「町の小路にあるどこそこに、お泊まりになりました。 」と(召し使いの者は)帰って来ました。 複合語で心得・所得などがある。 夕方ごろに、「ちょっと呼び出されちゃった」と兼家さんが出かけようとします。 その様子がどこかおかしいと直感的に分かった道綱の母は、召使に「尾行して」と命令。 行先は仕事場の宮中や、藤原家の誰かの家ではなく、「街小路の女の家」に入っていきます。 平安時代、この「街小路」の通りは公家の邸宅や、下級役人の家などが立ち並んでいました。 おそらく貴族の娘のところだろうと当たりをつけるわけです。 -2文目- さればよと、いみじう 心憂しと思へども、 言はむやうも知らであるほどに、二、三日ばかりありて、暁方に門をたたく時あり。 〈訳〉 思った通りだと、ひどく嘆かわしいことだと思うけれども、言いようも分からないでいるうちに、二、三日ほどして、明け方に門をたたくときがありました。 男性側がモーションをかけても、女性側が受け入れなければ成立しないからです。 けれども、女性が兼家を家に引き入れて泊まった、ということは決定的。 さらには3日間も自分のところに来なかったという事実と合わせれば、「新しい妻が出来た」ことになるわけです。 一夫多妻制が常識だった平安時代では、高位の貴族ほど女性をたくさん妻として抱えます。 だからこそ、兼家さんの行動はむしろ当然で、常識的な行動をしている、とも言えるわけです。 けれど、周囲や常識がそうであったとしても、常識でないことを望んでしまうのが、女性の性。 自分は特別だと思いたいから、「普通とは違う」を何よりも望んでしまうんですよね。 この場合ならば、「兼家様は自分と出会う前は次々と新しい女性を望んでいたけれど、私と出会ってからは違っていました。 他の女性に行くことなく、私と息子の道綱だけを愛してくれたのです」という状況を、道綱の母は望んだということです。 けれど、それは叶うことのない望みでした。 兼家さんは全く変わらず、いつものように、同じように行動し続けたわけです。 どうやって自分のこの気持ちを解らせてやろう。 この傷ついた気持ちをあの人も味わえばいいのにっ!! おんなじくらい彼も傷つけばいい。 けれども、どうやってそう思わせていいのか解らない、という思いでイラついていたら、格好の切っ掛けがやってきました。 兼家さんが訪ねてきたのです。 -3文目- さなめりと思ふに、憂くて 開けさせねば、例の家と思しき所に ものしたり。 〈訳〉 夫の兼家様が通ってきてくれたようだと思うと、気に食わなくて(門を)開けさせないでいると、例の家(町の小路の女の家)と思われるところに行ってしまいました。 この場合、「さ」=「兼家様が私の家へ訪ねてきた」ことです。 テストの時に必ず問われるので、要チェックポイント。 受験などでも、この「さなめり」はよく出ます。 文法的にも意味合い的にも、どちらでもよく出されるので、テスト対策に役立ててください。 兼家さんを懲らしめたい道綱の母。 なので、せっかく通ってきてくれたのに門すら開けません。 怒っているんだぞ!! と分かりやすくアピールして、拒絶して、兼家さんを傷つけたいし、懲らしめたい道綱の母の気持ちが見えてきます。 けれど、「あ、会ってくれないのか。 じゃあ、会ってくれる人の許へ行こうかな」と、兼家さんはさっさと街小路の女の家へと行ってしまいます。 兼家さんを傷つける計画は敢え無く失敗し、むしろ逆にあっさりと去られて違う女性のところに行かれてしまったことで、ダブルに道綱の母は傷つくという結果に…… 【本文 第4段落】 -1文目- つとめて、 なほもあらじと思ひて、 嘆きつつ 独り寝る夜の あくるまは いかに久しき ものとかは知る と、例よりは引き繕ひて書きて、 うつろひたる菊に挿したり。 〈訳〉 翌朝、そのままにしてはおくまいと思って、 嘆きながら一人で寝る夜が明けるまでの間は、どんなに長いものか分かりますか。 門が開くほんの少しの間も待てないで、他の女性のところに行ってしまうあなたには、きっと分からないのでしょうね。 と、いつもよりは注意を払って書いて、色あせた菊に挿して手紙を送りました。 ぎゃふんと言わせてやるっ!! ぐらいの勢いですが……さて、それが可能かどうか…… 道綱の母は、兼家さん一人だけですが、兼家は選択肢があふれている中の女性の一人でしかないんですよね。 息子もたくさんいますし。 道綱の母は、そのお父さんが京の都から任地で離れているから、その家族に気を使う必要性もないし、子どもは生まれているから別に足しげく通う必要性もないし。 そう考えると、この勝負。 戦う前から勝敗は決しています。 その事実を解っていても、相手を傷つけたくてたまらない道綱の母。 どうにか兼家さんに誠心誠意謝ってほしい。 なので、「私は一晩中いつもあなたの訪れを待っているのに、あなたはほんの少しの間ですら待てないんですね。 なんて薄情な人っ!! 」と和歌で詰るわけです。 この和歌は、百人一首にも取り上げられた、とても有名なもの。 掛詞で、「夜が明ける」と「門が開く」の2つの意味を持たせて、「それぐらい待ちなさいよ。 私の許しを請いなさいよ」と主張しているわけです。 そして怒りにかられながらも、「もし本当に嫌われてしまったらどうしよう」という不安が、「いつもより注意深く書いた」という記述に表れています。 女性の嫉妬は醜いもの、という価値観も相まって、兼家の愛情が離れてしまうことを何よりも恐れ、けれども爆発しそうな自身の感情もぶつけどころがなくて、道綱の母はこの和歌を書きました。 「色あせた菊」に和歌をさしたのは、平安時代に良く行われていた風習です。 白い菊が色あせて紫になることは、むしろ平安時代に好まれていました。 それだけ、「紫」という色の価値観が高かったのです。 けれど、作者が綺麗な菊に込めた意味合いは、歌の意味と相まって「あなたの私に対する愛情は、この菊のようにもう色あせてしまったのでしょうか」という、口に出せない不安な心情をこめた、とも受け取れます。 本当は、不安で、苦しくて、たまらなかったんですよね。 -2文目- 返り言、「 あくるまでも 試みむと しつれど、 とみなる召し使ひの、 来合ひたりつればなん。 〈訳〉 返事は、「夜が明けるまで待とうと試みたけれど、急用の召使の者が、来合わせたので。 「急である」の意。 結びは連体形だが、ここでは省略。 〈解説〉 さて、兼家さんの返事です。 爆発しそうな怒りとそれを上回る不安にさいなまれている女性に対し、 「うん。 門が開くまで待つつもりだったよ。 でも、急な呼び出しがかかっちゃって」 と、軽いです。 本当に軽い。 此方が本気で怒っているのに、「あ、ちょっと都合が悪かったんだよねー」と軽くあしらわれる。 道綱の母が不憫に思えてくる返事です。 傷ついた人が望むのは、昔も今も変わりません。 加害者からの真摯な謝罪。 そして、今後の行動の改善ですが……兼家さんの行動が変わるとは、とても思えない返事です。 そして、実際兼家さんの行動は、まっっっっったくと言っていいほど変わりませんでした。 -3文目- いと 理なりつるは。 〈訳〉 (あなたのお怒りも)まことにもっともなことですね。 兼家さん、一言も謝っていません。 待てなかった事情と、道綱の母が怒っているんだねと、確認しているだけです。 怒っている人からしてみたら、笑顔でニコニコと「君、怒っているんだね。 そうなんだね」と言われ続けると……手にしている扇の骨に、皹でも入りそうな気分になってきます。 -4文目- げにやげに 冬の夜 ならぬ まきの戸も 遅くあくるは わびしかりけり」。 〈訳〉 まことにまことに、(冬の夜はなかなか明けないものであるが、)冬の夜ではない真木の戸も遅く開くのを待つのはつらいことですよ。 お互い様で、一緒ですね」とさらりと言われているわけです。 浮気された直後にこんな歌をもらったら……「ふざけるなっっ!! 」となる気持ちも、解らなくはないです。 【本文 第5段落】 -1文目- さても、 いとあやしかりつるほどに、 ことなしびたる。 〈訳〉 それにしても、たいそう不思議なほど、兼家様は何気ないふりをしています。 「男の人って、なんでこんな平然と酷いことが出来るのだろう……」 罪の意識があればいいというわけではありませんが、それにしてもなんで平気でこんなことが出来てしまうのだろう。 しかも、自分は「傷ついているんですよ」とちゃんと伝えているのに、兼家の行動は何一つ変わりません。 まぁ……実は、道綱の母もこの兼家の悪癖のおかげで結婚でき、道綱を産むことが出来たわけなので、おおびっらに責められない部分もあるのですが、それでも少しは謝って私に気を遣えっ!! という気分満載なわけです。 -2文目- しばしは、 忍びたるさまに、「内裏に。 」など 言ひつつぞあるべきを、 いとどしう心づきなく 思ふことぞ、限りなきや。 〈訳〉 しばらくは、(本来、他の女のもとに通うのを)隠している様子で、「宮中に。 」などと言っているべきなのに、ますます激しく不愉快に思うことはこの上ないことよ。 「宮中で仕事なんです」と誤魔化して出かけていくはずなのに、そんな言い訳など何もせずに、「あの女性のところに行ってきますね」と堂々と通っていた、ということに…… そりゃ、道綱の母の機嫌も悪くなる、ということです。 この「蜻蛉日記」は、その後に書かれた「源氏物語」に多大な影響を及ぼしたと言われていますが、「源氏物語」の主人公、光源氏の君の理想の女性像は「嫉妬せずに、違う女性の何気ない話を笑顔で聞いてくれる女性」というのがあるんですが…… 兼家さんの態度から見ても、平安貴族のスタンダードな価値観だったのかもしれませんね。 そりゃ、道綱の母もひねくれるわけだ…… 【まとめ】 女性初の日記文学として名高い「蜻蛉日記」 その作者である藤原道綱の母は、百人一首にその和歌が選ばれるほどに、知識、教養、和歌の才能と申し分ない女性でした。 けれども、その才色兼備の女性が夫の浮気と不実さに苦しみ続け、その空しさを綴った日記という印象が強いのですが、「醜くても、無様に見えたとしても、女性の苦悩を嘘偽りなく、私は書きましょう」と言い切り、男性側にとても都合のいい女性で彩られていた時代に、そうではない、生の女性の声を書き出したこの日記は、現代にも共感できる部分が沢山あります。 ただ一つ言えることは、館の中でひたすらに一人の男性を待つしか許されていない女性達と、政治や宮中の権力闘争で揉まれ、数多の女性たちと会う機会に恵まれていた、選択肢の多い男性たちの価値観は、ずれても仕方のない環境が整っていました。 道綱の母の頭の中は、100%、兼家のことばかりです。 けれど、兼家の頭の中は……たくさんの選択肢の中から選ぶ一人であり、その比重はとても小さいものだった、ということなのでしょう。 ここまで読んでいただいて、ありがとうございました。

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蜻蛉日記『嘆きつつひとり寝る夜・うつろひたる菊』 現代語訳

蜻蛉日記 現代語訳

蜻蛉日記 ゆする坏の水 兼家様が訪れて)のどかな気持ちで過ごしている日に、ほんの些細なことを言い合った末に、私もあの人も(互いに)相手をあしざまに言うようになって、(兼家様は)恨み言を言って出て行く仕儀になってしまった。 (兼家様は)縁先のほうに歩み出て、幼い人〔道綱〕を呼び出して、「わしはもう来ないぞ。 」などと言い残して、出て行ったところすぐさま、(道綱は)部屋にはって入って来て、激しく大声を上げて泣く。 (私は)「これはいったいどうしたの、何があったの。 」と声をかけるが、(道綱は)返事もしないで(泣くので)、どうせ、そういうことだろうと、察しはつくけれども、人〔侍女〕が聞くのもいやで正気を失っているようなので、わけを聞くのをやめにして、あれこれ(道綱を)なだめているうちに、五、六日ほどになったのに、(兼家様からは)何の音沙汰もない。 いつもとは違う隔たりになったので、「ああ狂気じみていることだ。 冗談だとばかり私は思っていたのに。 (もともと)頼りない仲だから、このまま終わりになるようなこともきっとあるだろうよ。 」と思うので、心細くてぼんやりもの思いにふけっているときに(ふと見ると)、(兼家様が 出て行った日使った凖坏の水は、そのまま(残って)あるのだった。 水面にほこりが浮いている。 「こんなに(なる)まで(あの人は来てくれないのだわ)。 」と、あきれて、 絶えぬるか・・・二人の仲は終わってしまったのですか。 せめてこの凖坏の水に映るあなたの姿でもあったら尋ねることができるのに、(あなたが残していった 形見の水には、水草が浮いていましたよ。 (あなたの姿は映らず、心中を尋ねることもできません。 ) などと思っていたちょうどその日に、(兼家様は)姿を見せた。 (本心を問いただしたい思いは)いつもの調子でうやむやになってしまったよ。 このようにひやひやするときばかりあるのが、全く気の休まることもない、それがつらいのだったよ。

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蜻蛉日記 泔坏の水 ~ゆするつきのみず~

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蜻蛉日記 ゆする坏の水 兼家様が訪れて)のどかな気持ちで過ごしている日に、ほんの些細なことを言い合った末に、私もあの人も(互いに)相手をあしざまに言うようになって、(兼家様は)恨み言を言って出て行く仕儀になってしまった。 (兼家様は)縁先のほうに歩み出て、幼い人〔道綱〕を呼び出して、「わしはもう来ないぞ。 」などと言い残して、出て行ったところすぐさま、(道綱は)部屋にはって入って来て、激しく大声を上げて泣く。 (私は)「これはいったいどうしたの、何があったの。 」と声をかけるが、(道綱は)返事もしないで(泣くので)、どうせ、そういうことだろうと、察しはつくけれども、人〔侍女〕が聞くのもいやで正気を失っているようなので、わけを聞くのをやめにして、あれこれ(道綱を)なだめているうちに、五、六日ほどになったのに、(兼家様からは)何の音沙汰もない。 いつもとは違う隔たりになったので、「ああ狂気じみていることだ。 冗談だとばかり私は思っていたのに。 (もともと)頼りない仲だから、このまま終わりになるようなこともきっとあるだろうよ。 」と思うので、心細くてぼんやりもの思いにふけっているときに(ふと見ると)、(兼家様が 出て行った日使った凖坏の水は、そのまま(残って)あるのだった。 水面にほこりが浮いている。 「こんなに(なる)まで(あの人は来てくれないのだわ)。 」と、あきれて、 絶えぬるか・・・二人の仲は終わってしまったのですか。 せめてこの凖坏の水に映るあなたの姿でもあったら尋ねることができるのに、(あなたが残していった 形見の水には、水草が浮いていましたよ。 (あなたの姿は映らず、心中を尋ねることもできません。 ) などと思っていたちょうどその日に、(兼家様は)姿を見せた。 (本心を問いただしたい思いは)いつもの調子でうやむやになってしまったよ。 このようにひやひやするときばかりあるのが、全く気の休まることもない、それがつらいのだったよ。

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