干しいもこ ましやま。 【干しいもこ】の本名が判明!彼氏はチューバーだった!仕事や年収についても調査

Full text of

干しいもこ ましやま

ノ コ 1 本 顧寺宗 1 九 五. 草 名 1 ニーフ 五 マ ミ 獸 名 蔓草 守れ 摘 氏 政の 歌 榲桴 fz 三 井寺 御神樂 三 木 善右衞 E 三 熊 海棠 三 島 伊豆 味噌汁 三 谷 丹 下 道の 記 水 水滴 石 ぉ恆 皆 ハダ i 勇 へて 後 酷醐 天皇の 御製 1 五一. 八 五. ,' 二 さすが また 支 旨の 歌 八九ノ. ニノ 一四 定 家が 狂歌 二 ーラ 三 〇 五ノ 一 佐 渡の 金山 1 五 七, 二 ノ 二 眞田山 1 〇 七, 七コつ 二 眞 m 幸衬 1 四 五, 10 九 ノー 四 佐 野小ノ 進物 語 ニー 八, 1 九つ 二 佐 野 山陰 九 五, 四 ノ 八 佐 野榮庵 1 六 六. 北 直琅談 索引 ケ t- サ 七 廣澤 喪家 戒本氏 皇 祐元寶 廣陵 散の 曲 鈎 簾の 外に 正廣 の 歌 、、がれ 行 宗碩 の 歌 五 畿內志 古器 物 古 琴 胡 琴敎鏠 古 鏡 呼吸 ゴ ク 五雜祖 1 七 六, 四 1 , 1 八 二, 1 六 三, 1 ニニ, 八 七.. 八 七. 二 a ノー 1 S 六ノ 七 111 四ノ 五! 孔雀 孔雀 琵琶 孔雀 樓 先生 處初新 志 鯨 楠 正 成 楠 正 行 藥 久楚 屈景山 熊 野 組 雲と 見えば 貞德 の 欲 苦み の 禪 僧の 歌 久留米 侯 【八 九 ノー-一 ニー ニノ 1- コー 1 ノ 一 五ノ 一 1 四 1 ノー 一二 1 五一 二 四艽 七 七 1 七 七 11 一四 1 二 一 八 1 1 三 一. 九 ノ n 一一 d , 四. 六 , 九 ,. 四 , 1 一二 七六ノ 六 1 五 ニノ 二 1 三九ノ 一 九 1 ノー 四 1. - B ケダへ Ik 九ノ 1 毛 降る ニノ 七 蒹茵堂 乾 元 m 资 二 ハーう 一 六 二, 二 五, 三 九 〇 一 七。。 1 ちば な 一 家隆 1 嘉量 枯は乂 て 西 園 寺 殿の 歌 一 河 田 八 助 一 川 千 烏 一 川端 草溪 キ 淇園 き i 初ろ 宗 閑の 歌 歸去來 1 紀效 新書 一 一 一七 ノ a 六 or A 1 八コフ 一 1 八 1 ニノ 一 四 六. ' 七 一 八 ニノ 一 二 1 六 2 ノ 一 四 五 Cr 二 1 六 1 う 一 四 1 四六ノ 六 七, 八 1 五一 ノ 六 九 三. 男 立 おのが 勇の 著者の 歌 小 野道 風の 萬 葉 集 小 忌 衣 、六 ニノ 四 一六 四 二 四 昔樂 ゥハゃ 三 i 六九ノ 六 ラー 恩德院 の詮藝 女 女" 男に 變す 重さに 輕 有る 石 1 六 四• 大か たは 業 平の 歌 11 ョニ. ァヅサ 二 七, 暑さ-,, L 機み 人面 異形 LL 見 ゆ 一九 1 , ァネ n 烏 一二,. も はれと も B 曰 叱の 欲 九 一, 天 野信景 九 五, 安逸 S 七, 安閑; 大皇の 陵 一 九, 安 南 始畑 覜 石 一九 0, W 輔 1 八, i ヰ 家居 雪 醫 Mi. 二 〇 六, 一八 六, 一四 九, 1 !五, 1 五 四, 1 五一, 1 一七, 一 四 一 四 1 三 二 1 〇 1 三 二 1 ノ 五 ィサァ 力 テツ シン キ 人名 石 田 勧 平 1 五 五• 絡躑踢 義家. セ 猿 橋. 五 二 六 六 五 七 ニニ 惟 衣 衣 衣 康 川 川 が 親の 王城 小 子 金 小 小 驹 口 琉安色 湊松返 關パ 球の 堂 觀 音 九 八 八 八 八 A S. 九 - 九 九 九 〇 四 一 七 七 四 八 - 〇 七 五 東 西遊記 索引 ケ- サ ナ タ 天皇. , 41 凝 毀 急 九 笈錦金 金 金 巾 露 春 流 州 埃 帶海銀 輋 のの 隨橋 風 舟 氣 筆 候 山 木 さ の の 本 へ 木 崎 笛 島 權 氣 木 候 熊 饉 せ す 八 行 の A 四 九 九 九 八 九 四 35: 九 六 五 五 九 七 五 二 ノ、• 熊 熊 熊 熊 熊 熊 熊 熊 求 求 國圃崩 名 先 姬の尊 潮 錦 野 野の 野 突澤澤 ffi 麻 麻 名 輝 の 山濱 先の 浦膽 蕃次 川 海 生讖 山郞 八 臭 楠 鯨 孔孔饑 公 水 雀 雀傳曉 の 櫻石授 六 八 八 六 二 八 九九 九 六 H. 五 六 a 六 四 六 八 二 — 二 五 九 三 六 七 七 九 四 三 H. ニー-三 ノニ 淇園 子の isai 一四 W ノ 四 氣合 四 ニノ 1-1 奇器. 一八 1 , 1 八 八, 三 E 六, 八 五, 二 一 八. 七 111, I 八 六, 二 四 五, 1-1 I, 表晋式 假名 遣に よる, 粟生 七九ノ 四 ィ、 ヰ 鈑 野の 風穴 硫 黄が 島 いか LLIf- ん 熊 野の 歌 碇が關 の城趾 他 田 池 田 甚兵衞 ィケ マ 石 崎の 鼻 石ぶ みや 清輔 の 歌 伊勢 守祐平 1 乘院 伊知地 平角 一 の宮 ニニ 六ノ 一 二 - 「ニー 二。 , 五 二 ハー ノ 五 一四 一-一. 1ノ 七 布 馬 關の覜 石 秋風の 著者の 欧 秋 田 秋 田 杉 秋 S 杉 書名 秋田路 阿古 屋の松 S 隆鑭 朝 六- ソの梳 二 七四ノ 二 1 七九ノ 1 四 ニノ 1 1 一一 九 一. 名高き 大• じ i,- くくわん ころ さ 儒 先生 物 徂徠齋 必簡の ごとき 人も斯 ありし と 思 はる。 汆も弱 冠の 頃 は 左 思 ひしな り。 是 は客氣 ある 故な り。 醫術 ほど 精細 微妙なる もの は あらす。 其 極 を 言 は. 、、, 其 人 忠恕 ゆ き たん すぐ しんきんて いねい さてせ いえい もの• か ザ かつじち や の 二字 を 解し, 氣膽 人に 勝れ、 又 其 心愼謹 丁寧に て, 执世榮 を 屑と せす, 且 日夜 心 を醫 事に S ひ, 數 年の 工夫 を歷 るに あら ざれば、 此 道の 奥妙に 至る こと 叶 ふべ からす。 よ こミ しり のち じゅしよ よむ しいか ふ... 後編 卷之四 二 七 北 E 漠談 二 O. むかしに は 劣りて 醫舉 する 人 も なくなり ぬれば、 術 も 拙 ぶんがく この し せい め:. たの きなり。 唯 子の み 文 學をも 好めり。 死生 は 命な り。 ひたすらに 頼むな りと いはれ しか こ W みん よ みん ひ W は, 三英 き. -て、 先生 昔 を ゆかしが り 給 ふ。 殊に 明の 代 は醫も 多し。 試に いひ 給へ。 徂徠 しばらく 思案して, 薛立齋 が 如き 者 を 得ば 可な りと。 其 時 三英思 はす 手 を 打て 大 にわら ひ, 先 -4 こミ が 5 けつ がくもん ぶんさい たれ あた ふか まな 生 は 誠に 天下の 豪傑に て. 擧問 文才 誰あって かよく 當 らん。 され ど, 深く 學び給 は ざ こミ S づ る 事に はおろ かなりと いふべ し。 三英 不才な りと いへ ども、 立齋ガ ごときに は讓 るべ. 41 力し 仁れ ミも からす。 薛 氏が ごときに て 足りと し 給 は. 、、 、 當45 じ や 5 じゅ なる も、 ネ 子なる も, 德を失 ふの 人に して、 事 を 成就す る こと 能 はす. - 世に 益 有る こと 無し。 人 は 其 分々 有る ことなれば、 何 にても 我 本業 を 先よ く勉 たつ この 4 ざ. こ W すみやか てん め 達して 他に 及ぶべし。 不 好事 に 居て おろそかに すべから す。 然れ ども, 又 一生の 間に 毎度 業を賴 する は 迷の 甚 しき なり。 女 犯 肉食の 人情 やみがたく. ひそかに 妾 を貯へ 魚肉 を 食 ふ 事な り。 よく おこな く. 歎く ベ も はれ 憐 むべ びん. 不便の ことなり。 人生! 11, 字 憂患 始とは 東坡の 言葉なる が、 誠に 名言と いふべ し。 少し にても 智 有れば そ 5 れひ しんざん ぜっかい ぎょふ せう しャ む. 深山 絕 海の 漁 父 樵 者の 無お 無想に して 一 生 を 終る は、 人間の 仙境と も いふべ し。 萬 葉 集に、 たのし A ゆ ふが ほ だな す V て、 め 樂 は 夕顔 棚の 下 涼み、 爺 はて 》- らに妻 はふた のして• 此耿 誠にた のしみ の眞 境 を 得たり。 又 余が 友備 後の 菅禮 卿が 癸丑 孟冬 遊,, 水 山, 山. 此; S 慨餘 あり。 1 出で て心學 延享 元年, 九 月投年 六十 假初 にも 戯れが たき 者に 成 下れり。 最初 を 石 田 勘 平と いふ。 此 人の 時 はい まだ 甚 しからす。 其 弟子 を堵 養と いふ、 俗 稱を手 島 嘉右衞 門と いふ。 此堵菴 の 時より 大に行 はれ, 門人 も甚 多く. 諸 所に 出て 講釋 す。 余 け しゅしょう えき かう せつ だラに も 二 席典講 釋を聽 り。 甚 殊勝の 事に て, 世に 益 有る 講說 なり。 其學館 を某舍 々々と 名附 く。 京に も 四 五箇 所 も 其學舍 有り。 フ せい レ ゆきよう わんぱく なりし 小兒 も, 父母 を 尊敬す る 事 を 知りて、 手 習 を 精出す やうに なり、 酒興 ふけ に はか ミ くじつ きんこう に 耽りし 手代 も、 俄に 篤實 B: の 行に なりし 事, 余 常に 甚 多く 見 及べり• 但其 高弟に 敎 ふるに は、 禪 擧の頓 悟に 似た る 事 有りて, 少し 奇 僻の 筋に も 入る にや。 唯一 通りの 講釋 は, 平 穩正當 にて、 大に 世敎を 助け、 人 問に 益 有る 學 なり。 近世 出家の 不 如法 甚 多し。 官 よりも 嚴 i し 給へ どん 猶不 止。 ' 、ぎ や. T し-. 初に 異形に 見えし は, 終日の 勤勞 に、 殊に 炎熱の 時な りし かば. ん ねつ じ や, 5;.! つ か; て 、r 'ち き ャ うじん な 熱 上達して 斯 見えし にや。 其 時に 女房 を 手 打に せば 狂人の 名 をと るべ かりし を よく g ひかへ せり。 久兵衞 のちに 人に 語ら れき。 し i し is な ひさ レひ 1 加 茂 川の 西岸 三 條邊に 冬の 頃暂 住し 事 の 有 しに, 夜 は 川 千鳥 甚 多く 啼く 久敷 京に 住ながら、 かく 千鳥の 多き 事 を始て 知りたり。 高貴の 御 方に も か る 花や かなる 事 有しに、 後世 奢侈 超過したり とい へ ど も そび ぉミろ さいしょく かね ぎ ぢょ も、 遊里な どの 遊は衰 へたる にや。 妓女 にも、 其 頃の ごとき 才色 兼た る 妓女は 三 都 ゎづか すぎざる さいげい ともに 一 人も閗 及ばす。 余な どが 見 及た る繙 に一 一三 十 年に 不 過に, 妓 女才藝 のおと ろ へ、 卑賤の 風に 落た る事甚 し。 殊に 其 石 多く 産して、 憤 も 下 直にて 得 やすく、 世間に 甚益 ある 石な り• 嵯峨石 は 多 けれども 甚 下品に して 用る に堪 へす。 1 唐: H にて 諸の 貨物 を 三 段に わけ、 最上の 物 を 西洋 貨と稱 して, 唐土より 西の 國々 に 渡 す。 天め r 意 機 利 私、 イス ハン ャ, 阿蘭陀な ど, 何 にても 憤の 高く 上品なる を 悅ぶ故 なり。 中 品 は 街 土に て 商 ひ、 最下 品 を 東洋 貨と稱 して 日本へ 渡す と 云。 日本 は 唯價の 下 直な る 物 を悅ぶ 故な りと ぞ。 ば 終日の つかれ を 休ん と 座に つきた るに、 我 妻の 顔 牛の ごとし。 久兵 衞大に 驚き 拔打 おも かたはら あか, おに かない もの にせん と 思 ひしに、 傍の 下女の 顏又赤 馬の ごとし。 我 子の 顔 は 鬼の ごとし。 家内の 者 いぎ ゃラ くわいい ミ き し そん 一人と して 異形なら ざる はなし。 扨は大 かたならざる 怪異な り。 か- -る 時に 仕損じて, はづ xns その! 3 おく ゐ ま ふす ま まくら 武士の 名 も 恥 かしと 思 ひかへ して, 直に 其 座 を 立て 奥の 居 問に いり, 換 をさレ 切て 枕 め ミぢ もの やす をつ ミ がんしょく つね により. 眼 を 閉て物 を もい はす 休みたり。 九 1 北 窓璜談 1. S 石 王 寺 石 I 丹 波 國の石 王 寺 山よ リ 出づる 一種 の 石、 次に 山城の とわ 一 る 同國 にて 加工して 世 に W し 、に や は-. ' へんせい はい ぎ ろん : 故に, 後に 傳 はれ かしと 思 ふ 事 は 記す。 東坡杯 さばかり の 才子な りし かど、 鬼 角に 古人 を 評議す る 事を好めり。 後世より 評すれば いか やうに も議 せらる, - 丈 き ものな り。 あまり 世に 益 有る やうに も覺 えられぬ ものな り。 けんせき がん ほし ちんち よ、.. ' し がんく わつ. 0-0 廣 土の 硯石は 眼と 云 事 有りて、 石に 星の 有る を 珍重す。 眼に も 死 眼 活眼 淚眼 などい ふ 事冇 りて、 星に 光澤 有り、 周囘 きっぱり としたる を寳 とす。 それ 故 日本の 石の 硯に眼 ある を 見た る 事な し。 但石王 寺 石な ど、 黑 べつだん かた き 石に 白き 筋 有りて 石 王 寺の 妙と す。 を 磨の 妨に 成な り。 近 來は石 王 寺の 石の 白 筋 無き を最 珍重す る 事に なりたり 唐 石の き V- 眼 も實は 石の 瑕と いふべ し。 や く しまいし A つ よく す 硯材は 薩州屋 久島石 を 第一と すべし。 石密 にして しかも 墨 能お り、 又壘 澄む 事な し ほラ そく あめ は 、. 赤 馬閼は 上品 なれ ども 堅き に 過て 墨 澄む の 難 あり。 加 茂 川 石又甚 堅く し て、 赤!!? より 甚 しく, 大硯に は 用 ひがたし。 莩 保に 中 根 氏 有り。 お 後 11 氏 出て 大に 精妙 を 加 ふ。 さんがく ちょしょ 又 久留米 侯, 諸侯の 御身と して 算舉に 長 じ 給 ひ, 著書 多し と 云。 近年 一!; 小 師に小 西傳右 衞門、 村 井中 漸、 文 學のカ 有りて 兼て 算法に 精し。 正木 瀨平, 三 木 善右衞 門、 又 算術 りつ 3 ん せきじ や, の 名高し。 其 達者なる こと 目 を 驚せ り。 是圓は 陽に して 動く 物故、 算數 にか, -ら ざる ものな るべ し。 余 是を惜 むが 後編 卷之四 一 r いん も. じんお つかさ ゆ J し。 是 男子 は腎氣 外に めぐりて 鬚と 陰毛 生す。 鬚と 陰毛と は の 主 る 所な りと い へり。 然れ ども 陰 塞 を きれば ひけ 絕る ものに や。 今日 本に 宦者 ミ 3 い り ひミっ かんがへ そな なき 故に 其 事 を しらす。 これ 等 も 醫理の 一 の 考 にも 備 ふべき 事な りき。 ひや, 、せつ だ, r-w く たくみ 百 拙和尙 は道德 S 佾 なり。 又; B に 巧な り。 其 身享保 前後に 生れ、 海 內七子 體の詩 を ちんち よ. 3 じ か. 3 おはず あたらしく 珍重す る 時に, 少しも 時好 を不 追, 吾 思 ふ 所 を 作り 居られし• 今にて は 詩 も 新 敷 兌え、 後編 卷之 一ニ 1 ス五 北 窓瓊談 lt. 下の 高德 とも 仰がれ、 衆生 を濟 度す る 程に 成べ しと 志し 侍る 故な り かくの ごとく 出 b づ. それより 澄 月 思 ふやう、 迚も か る 俗 借 した;?' ひ えい ざん せきがく か 5 まく に從ひ 居て は、 志 は 達する 事 叶 ふま じ。 京都 比 S 山 は 天台の 本山に て, 碩舉高 德の佾 も 多 かるべし。 Q たの A さしおく 5 く 寺 々一宿 を も 許さす、 國 元の 師匠 或は 俗綠 親類の 賴の 上に 差 置べ しとて 追 出され、 行 べき 方な く、 其 間に 早 夕暮に 成ければ、 難儀 甚 しかりし を, 下部の 男 見 かねて、 ひそ かに 一宿せ しめ、 かの 男の 親しき 寺 を やうく 頼みて、 山上に 留まる 事に はなり ぬ。 一伴 蒿溪, 近年 奇人 傳を撰 著して, 大に 世に 行る。 三 熊 海棠 又 奇人 俥 後編 を 草して、 い を はらず ゆ ゐ ゆん じ や、 つじ ゆ まだ 不举 して 死し ぬ。 此書 出しに よりて, 近世の 人物 不朽に 俥 はる 事に はなり ぬ。 蒿溪 陰德 の盛舉 とい ふべ し。 W- 4- しょ,: ちょ ラ ゆつ ろ あん たいぐ か, ブ けい 一 當今 京師 地下の 和歌 四天王と 世に. 稱 する は, 澄 月, 藤 巷, 大愚、 蒿溪 なり。 皆 各 其 和 こ S ら, 7 はい しゅ、 フ はつ 歌の 風 體大に 異にして 一 樣 ならす。 澄 月 は 老輩に て 先達な り。 魔 菴はネ 氣秀發 古體今 體 自由にて、 詠歌の 上手 此 人の 上に 出る 者な し, 大愚 は 新 敷 面白く よみて、 歌 學に漢 が C かね そな じつ たん はく せん よじ や 、つ 攀を 兼備へ て, 實に此 道の 宗匠な り。 蒿 溪は澹 泊を專 一にして、 言外の 餘情を 志す. 高 上の 風體 なり。 又 和文 をよ くして、 當今第 一 と稱 す。 え,? せラ ていはつ た t レま てんだいし 5 I 澄 月は備 中の 產な り。 幼少より 出家 剃髮 して. 同國玉 島の 天台宗の 大地に 弟子と なり け たい おこな ひ x? あの 澄 月が ごとく 後編 卷之コ 1 文徴明 —明 の 書家 字 徵 仲と いふ 嘉靖 三 十八 年卒年 九十 著 に す所甫 田 集 三十 五 卷な 銀 十八 匁 ー 三十 錢 二百 疋 I 五 十錢 毛奋齡 —猜. 5 1 八 二 無用の 書 にても、 希なる 書 は 甚高價 に 求 る、 〕 とな り。 r しゃほん それ 故, M 書な ども 世に 多く 出る 事に なりぬ。 寬政 巳年に は 唐土よりも 寫 本の 珍書 を體 し, 猶 いまだ 渡らざる 珍書 は、 目錄 ばかり を 渡し、 高 憤なら ば 持 渡るべし と 云 こ せし とて. 佘も其 目錄を 見たり。 諸侯に も 天下 第一の 藏 書家と ザず いふ あり。 其 庫 中に なき 書 は 價を不 論して 求め 給 ふ。 古今の 醫、 是を 外にして は醫學 とい ふ 事な し。 方 を 知に 便な り。 手近く は 方彙. 古方 選の 二部 を藏る もよ し。 5 け、— い ゑ い しょ かんぎ、 フ じう ミラ 傷 寒 論の 外傳 ともい ふべ し。 仲景の 意を會 したる 所 多し。 其 外 古今の 醫書、 汗 牛充楝 かぞ t 盡 すべ から や。 大 かたは 古今の 拔 書の 如き ものな り。 一遍 は 眼を觸 る. 利 休の 娘の 萬 代屋が 方に 嫁し 居た る ひん. に 借 字 しれ 一 る ものなる べし 其 細密に な リて— 甚細 密 になり て の 誤に は あ らじカ 事 成 ものな り。 外に 寫 しおきぬ。 千 枚と いふ は 皮膜 を 數十枚 重ねて、 その 皮膜 跤魚 皮の ごとく、 わさび ごとくなる 物な り。 化す る ち 3 ぐ ミころ す へん ミほ ゆ. かくの 如く, 色々 の 所 を數遍 透る 故に、 生の 草 を 食 ふといへ ども よくく わ こ、?. 馬に は 峰 巢千枚 くわ. つ ちゃ ミ ほせ をち や,. ' ひろ はらわた とい ふ 物な し。 唯廣 腸 とい ふ もの 有。 又 芭蕉 腸と も 名く。 甚 廣く大 なる 腸な り。 此 所に 食せ る もの を數日 留めて、 陽氣 にて 薰 蒸し, 化して 糞に する 故に, 馬糞 は 鞭く して 疎な り。 されば 牛な ど は 生 草 を 食すべき やうに 天より 生ぜし めしものな り。 若是 はんべい ぎょにく るゐ ねんちゃく ぃミ くかミ つくん すぐ したが は あ ふ る ことなく, 隨分 ネ藝 德行拔 群に 勝れた る師に 從 しめ- 其 小兒の 心に も, 仰ぎても およ は ざる きびしく しゅぎ やう すぐ 師に 何事 も不及 やうに 思 はしめ、 嚴敷 修行せ しめば、 長年の 後な ども 人に 勝れ ざら 3 さい ぉク J ろ ほめ け 5 くん め や。 余 も 昔 は 小兒の 奇才 を 驚き 譽 しが、 其 後は才 有りと いふ 小兒に は、 猶々 敎 を P ざ f がくもん ふ じん 加へ、 其小兒 をして 大成せ しめんと 希へ り。 其 外に も 座頭の 學問、 婦人の 書 畫.. -に 不足 ものな り。 身體 具足の 男子の 才藝に 比すれば、 片輪 ほどの 不 足 は 兒ゅ る ものな り。 こミゎ V- おごり もち しん もラ 1 諺に 奢の 長ぜし を、 餅の 皮 をむ くと いふ 事 有り。 唐土に も 似た る 事 有りて, 新 蒙 f へいえん さ. a 、つ ゑず 求に, 客に 餅 を 出せし に、 餅綠を 去て 食 ひし かば、 主人 怒りて、 足下い まだ 不飢 とて、 餅 を 引取し とい ふ 事お り。 餅 綠とは 餅の 少し 日 を 歴て綠 の 堅くな りたる 所な り や。 但 文雅 風流の 事 は 聞 も 及ば ざり しが、 近 き 頃 人の 物語に, 東 洞 翁 詩 經の詩 を 題に て, やつが 原 やつれし 鹿の 聲 すなり、 妻ゃ戀 らん子 や 思 ふらん。 ニ時戯 の 詠な りと ぞ。 傍 に 口火の 穴 有り。 地に 居 置て, 石な ど を 玉と して 放つ もの と 見 ゆ。 昔覺 えられて 珍 敷 ものな り。 3 ん つらな もんぜん か え ふし s 1 宇治橋の 南 詰より 黃槳 山の 南に 連れる 山々 を 見れば, 宛然た る 荷葉 皺の 带 W 法な り。 國 しわ エミ 國所々 によりて、 山々 の 皺 も 異なる ものな り。 漸々 によき 所見え て, 今にて は甚 珍重の 物と す, 物 多し。 都て 是は 書晝 のみに 限らす、 詩歌 にても かくの ごとし。 打 見た る 時 面白く 覺ぇ, 耳目 あたらしき しん 新 敷は眞 のよ き 物に て は 無し。 小兒の 間に 害 叢 をよ くし、 詩歌に 巧なる, 皆 人の 稱美 すろ 事 なれ ども, 多く は 年長 じ て 後: 1: の 勝れた る 事 も 無くなる ものな り。 其 父母 或は 他人よりも. 小 兒の事 なれば 行 すゑた の. 古昔 不淨 所に. W たる 物 なれば, 古き 屛 風に 芥子 花畫 きたる ざしき は、 座敷に は 引 まじき ものと ぞ。 曲玉と いふ もの あり。 靑玉 にて 作り, 形 豆 莢の 如く もとの 方に 穴 有り。 大小 一 樣, ならす。 祌 代の 衣裳の 飾 也と いへ り。 其 山に. 玉 造 明 神の 社 有り。 祌 代に S 地に 玉 を 造りて 商 ひし 人 住り とほ S ばる。 竹 は暖國 によ 摩大 隅の 邊種々 の 竹 有り。 三叉, 五 叉の 竹. ゝ 寒 國には 生ぜす。 京師 庭 M に 植る竹 も、 其 根 皆 西南に 向 ふ。 故に 薩 又 京 師武 井元 立 家に 藏る 竹の 花 生, 甚奇 品な り。 a; 節斜に 纏うて 連 層す, 蝶の ごとし。 故 レ竹 理も斜 なり。 近衞家 公の 御作の 御 花 生な りし を. 武 井元 立萍領 せる もの 云。 すみの く.. ?!' ぢ 角 倉 氏の 家來兒 玉吉右 衞鬥家 大坂陴 中 に 用 ひし 竹の 鐵砲 を寶 とし 傅 へ たり。 吉 はなつ りきせん せいま はり は り 右衞門 先祖 是を 放て カ戰 せし 物と 云傳 ふ。 其、 製 廻 一尺 ニニ 一寸 許の 大竹を 三 四 2 , て , ぺぎ 、• 燒 中心な どの 上手 下手 見事 不見事 を 論ずる は 無益の 事な り。 燒 p! 他の 鍛冶と は 其 法大に 異なり。 論 も大に 異なり。 他の 鍍 てつ 力 y, - くわ WV,J. 金な ど を 入れ、 銅 を 入る. 左 も 有べ く 思 はる。 祖し黑 田が 法 は 別に 祕傳 有りと いふべ し. 是 によりて - 見れば、 黑 田が 法 もな き 事に は あらす かし。 V もても. 諸侯に も數萬 金の 古錢 を, 貯 へ 給 ふ 御 方 も 多し とぞ。 其 外 三 都の 富豪 侯國 の諸士 などに も, 其 名高き 人 多し。 余が 堪能 I 原本 一 例の たんの うと 訓 す 選. 龍 于. 1 文 湖 洲竹詩 一 字 至 十字 爲句 仲、 竹, 淼寒, 潔綠, 湘江 頭、 渭水 曲、. ; -ん てい たつじん はくり. 7 し す, きょ 汰 有りて, 刀 靱鑒定 の 達人 祌田白 龍 子に 命ぜられ、 寬政丙 辰年 白 龍 子の 吹 舉に侬 て、 ミ しのし さほ あ ひ か S , 因 幡禱格 を 遠く 東武に 召れ, 彼 秘書 を 借し 與 へられし。 壽格 今度の 選に 逢し こと 鍛冶 の 身に とりて 規模の 事な り。 一 寬政年 問 京都 一 一條 新地 一 一王 門 通に 黑 E 俥兵衞 とい へ る 刀鍛冶 有り。 此人 もとは 疱丁菜 刀の 類の 鍛冶な りしが、 さる 人の E 利に て、 後々 修行せば 刀鍛冶の 名人に も 成るべし 後編 卷之ニ 1 六 1 北 i 瓊談 怒 黄色. S 蒲 黄、 其 堅礙 如 石 者 名 石 中 黄 云々。 俗 Li 岩 壷と いふ。 〇 穴の 中には 金 を 掘る 者の 外に、 穴の 崩るべき 所に 木に て わく を 作りて 諸 所に 入る ス 大工 あり。 又 底 深く 入りた る 時には 水 多く 出て 掘りが たき 故、 水 を かへ 出す 役目の 人足 あり。 其 水 を かへ 出す 道具、 龍 骨 車 の 如き もの 品々 有り。 以上の 物語み な 島 川 生の 物語な りき。 ま つな おく つか は 5 つし もちった ゐ 一休 和尙の 母君、 末期に 一休 和尙へ 贈り 遣 さる- - 文の 寫 とて, 學丹 翁の 持 偉へ 居られ ける を 借りて 記す。 御身よ き 出家に 成り 給 ひ, 佛 性の 見 を 磨き、 其 ぢ ごく おち ふだん そふ そ はざる しゃか だる 眼より 我等 地獄に 落る か、 落ざる か、 不斷添 か 不添か を 見 給 ふべ し。 釋迦 達磨 を も 奴 し 給 ふ ほどの 人に 成り 給 ひ 候 はゾ、 俗にても 不苦 候。 佛 四十 餘年說 法し 給 VU ふせつ のた ひ さ W かんえ... ' 445 ざラ なレ ひ, 終りに 一 字 不說と 宜し 上 は, 我と 見 我と 悟る が 肝要に 候。 何事 も莫 妄想。 あな かレ こ。 ケダ へ する 所より 奥に 入れば, 人の 呼吸 も絕て 死す、 故に 入る. 事 叶 はす。 もし 金 多く 有りて、 强て 入らん と 欲すれば、 重ね 土器と て, 燈心草 を 格別 多く 人れ て、 てん さん 5. 又三寶 荒神と いひ せつ しはらく て, 一 ッ 土器に 火 を三ッ ともし、 火氣相 接する やうに する 事 有り。 是に ズ暫は 深く 入 るべ し, 然れ ども 强て 深く は 入が たし。 ソへ クブリと は 添 煙出しと 云 略言なる べし。 〇 穴の 中に 入る 燈火, 昔 は ザ、、、 がら ふり t は じ い. 5 ィ 殻に 火 をと もして 入りし が、 今 はいか やうに 振 廻しても 自由にな りて 油の, 】 ほれ ざ る 土器に, 竹の 柄 を 附て持 人るな り。 燈心草 は 凡 三 四十 筋 も 入る 也。 〇 山氣の 病人に は甚溫 補の 藥を 忌む、 もし 人參 など にても ffl る 時 は、 早く 死す ると ぞ。 〇 金 を 掘りし ゎミ でい した、 ろ より ゃラ せきち ラ 古 穴, 年久敷 なれば 岩 より 黄 泥 流れ出て 滴り、 落 かたまりて 禹餘歸 の ごとく; 石 中 黄の ごとくに 成る。 是を佐 渡に て は スネゥ 石と いふ。 スネゥ と は 蘇 木と いぶ 事な り。 赤き 石と 云 心に て かく 云と ぞ。 然 ども, 其 石の 色 は 黄褐色な り。 薩摩國 にて ケィ チン 後編 卷之ニ 1 五 九 北 寂隶談 S 八 半. 故に 名と すと ぞ。 諸國 ともに. 金 タゾ, フ しゃく ほ ミ らしび ゆ えん ち こき ふ 銀 銅 錫と もに 掘る 者に は 皆此病 有り。 是燈 火の 油烟 外に 散らす。 其 人の 呼吸に 引れ て はい ねんちゃく はつ わざ ひつ 鼻より 入り、 肺臓の 穴に 其 油烟粘 著す る 故に 發 する 事な り。 つねん あ ひ. 余 多年 此病を 治す るの 方を考 るに、 近頃 薩摩國 より 一 方 を 得たり。 別に 醫 話に 記す。 〇 又 金 を 掘る 穴 を 佐 渡に て マブと 云。 穴 中の 働く 場所 を シキと 云。 さかん あ はん tih- こえ 其 マブに 色々. の 名 あり。 當今 盛に 掘る 穴 を靑盤 マブと 云。 佐 渡の 方言に 靑 石の 大 なる を 盤と 云。 靑盤マ ブとは 音 岩の 穴な る 故な り。 その 靑盤 マブ甚 深し。 曉に 穴に 入りて 奥に 到り、 其 ま, -歸り 出る に 暮に及 ほ ,ど つる ぶと 云。 されば 穴の 深さ 半日 程冇 りと 思 はる。 〇 金の 蔓は 根深く 入 有る ものな り。 銀 5 き あが つる ! t り あつ の 蔓は淺 く 浮上り て 有 ものな り。 金の 蔓は 白き 石な り。 此蔓に 掘 當れは 其つ る を傳ひ て 金 ある 所に 到るべし。 此蔓束 西に 引 ものにして、 南北に 引 事無しと ぞ。 是 は-天の 運 だ 7 のぶ たえ ミ もしび めつ 行に 引れ て延る もの 故なる べし。 是を彼 地に て が あ Atffc 一 釣 上—: 本 鈎 針, 钩體 鈎 上に 作る 左 怒一三 國 時代の 人, 玉錢 LL 明か LL ハ 政れ て 星 氣• 是を つみ 取りて てのうち WUVW す V め レ はらくて の- つち 吸物に すべし と 命す。 又 紙 を もみて 掌中に 握れば 雀の 玉子と なる。 K 外 奇妙の 術數 々 目 を 驚せ り。 委しく 聞に み な手づ まに て, 幻術の 類に は あらす と 也。 土の 左 慈が 盃を 飛し ける 術も奇 とする に たらす と 見 ゆ。 早き は 三年 五 年、 遲き すぎず な は 七 八 年、 十 年を不 過して 死せ ざる は 無しと なり。 其 病 を彼國 にて ャ マ ケと いふ。 ? すこやか はか. 如此 なること 半年 或 一年 許に て, だん る ,0 そ、.. ' い ゆ 段々 羸 痩して 死に 至る。 此病發 する 者 一人 も 癒る ことなしと ぞ。 薩攣の 金山に ては此 後編 卷之 1 1 1 玉 七 北 ま瓊談 1 五六 壶 1 原本 に 作る 載せ— 原本 I 乗ぜに 作ろ 寬攻の 初に, 長 崎に 度 渡り 来りし 孟涵 九と いふ 唐人 は、 日本の かな をよ く書覺 え, はいかいき 1 つか よみ たいてい 和歌 俳諧 狂歌の 類 を も少 しづ, -は 作り 覺 えたり。 和書 を も讀覺 え、 和語 を も 大抵 はよ くす。 日本へ 渡り 来らざる 者に も、 南京 邊には 好事家に 和擧を 好み, 和書 を 多く へ 7 ,ひ. , ふる i ひ たる 人 も 有りと ぞ。 ち f 招かれ、 膳 椀 壺平燒 物 孤まで、 器物 料理 皆 日本 流に て 馳走せ し 人 有しと いふ。 旣に 二十 年 許 も 以前に 何とかい ひし 唐本 を 見し 事の 有しに, 其 中に 年號を 論す ろ 所に, 寶 は は のぶ. ti け あら は し なんせ ミ 曆は 日本の 年號 なり、 日本 馬場 信武が 著す 周易 指南 抄に 見えたり と 引た る 文 有り し。 二三 十 年 も 以前に 信武の 指南 抄 唐土に 渡り 居て, 彼方に て讀 たりし と 見えたり。 二十 年 許 前 さへ かくの ごとし、 況ゃ 近年 萬國 ともに 太平 日久 數,. 余 江戶に 在し 頃、 去る 諸侯の 座に て, 手づ ま, 品 だまと いふ 藝者を 召れ しを拜 見せ おさろ ズ 3 はこ もち きん iy7 の し 事の 有しが、 甚 上手に て、 目 を 驚ゾ, す 事 多 かりし。 重箱 を 持 出, 三 ザに 載せ、 內を あらた A じ? - つ hs はり 改め, 扨 水 を 取 寄, 其 水 を 雷: 箱の. W: に 人れ: 短き 竹に 釣針 を附て かの 重箱に 下し、 魚 京都 法藏寺 一 の 開 組に て 詩歌 茶 事 丹 靑に名 もり 寬延ニ 年 二 月 寂 年 八十 一 三 地金の けつ 、- う— 原本 けっかう と もれ ど 結 at 一 ガる バ fj よ て 改めた リー れ たり。 價五百 金の よしに て、 地金の けっこう は 云に 不及, 彫物の 丁寧 長 常 一生の 精 りき つく ,r. ら ゑ ち ぜんの だいじよ. お 象眼 ぬけおち て ぎ は もチ キリ 象眼と て, 年を歴 ても拔 落ざる 手際の 細工に 入れたり とぞ。 是等は 面目の 事 なり。 日本 S 戸障子 疊 など、 萬國に 勝れて 勝手よ き 仕方なり。 安永 天明の 間に 長 崎へ 來り居 し 阿菔陀 のカビ タン 役 ィサァ 力 テツ シン キと 云. へる は、 甚 本邦の 製 を 慕 ひ、 阿蘭陀 館 の カビタ ン 部屋 を 日本 流に 作りて 住り と. 余 も吉雄 家に 尊し に, さながら 阿蘭陀 館に 入りた る ごとく 有し。 され ど疊 しゅかく きょくろく こし さ しゅ けんし 5•! 少 しづ. , 漢文 を 作ろ 事 も 出來. 今 は 何人の 手に入りし にや。 寬政十 年 戊 午の 年 正月、. 大隅國 の 人 池 田 甚兵衞 上京して 余が 家に 逗留し、 余が 爲に木. 切 下の 琵琶 を寫 して 新に 琵琶 一面 を 作り 贈らる。 澤庵 和尙は 道義の 外, 唯 茶 事な どに. 道歌 やう の もめ. 烏 丸 光廣 卿 御 點の百 首 も 有りと ぞ。 其 中 面白き 耿多 きに、 わきて 杜鵑の 耿。 老 らくの 耳に はう とき 時鳥, 思 ひ 出る ぞ 初音な りけ る。 こミ かん はつね だん しゃ, ゥび 一 光廣 稱も 殊に 感じ 給 ひ、 脇 書に、 初音の 佾正 同日の 談 にあら すと 賞美し 給 ひける とぞ。 近き 頃 百 拙 和 尙の百 首の 詠草、 烏 丸光榮 卿の 御點 有る を 見し が、 是 にも 面白き 歌 多し。 誠に 卓越の ネ 有る 人 は, 瑰 末の 小 技 何事 か出來 ざらん- 安永 年間,. 今の 菊亭 家に 御所 持の 巖と いふ 琵琶 は, 此十 七 面の. s: なりと- ぞ。 一 當今伏 見宫の 御! の 第 一 の 御 琵琶 を 大虎と 云。 今 は m- 離れ 有りと 云。 先年 拜見を 願 ちょく. や f けっさい ご ひしに, 花園 帝の 勅 封に て, 七日 潔齋 して 拜 見すべき よし、 宮 にも 御潔齋 有りて, 御 かいふ くじゃく 開封の よしに て, 其 願 を やめたり。 それより 次の 御 琵琶に も 孔雀な どい ふ 名物 多し と ぞ。 かふ t な しょ むらぎ f かふ ,5 ら 1 村 菊と いふ 琵琶、 E. ばかり 離れて、 伊勢山 S 古逍具 やに 有り。 iDI にて 村 菊と 甲の 裏 に 見え たれば、 おきく と讀 て, 古道具の 會. たび 毎に あなた こなた 耩に四 匁 三分 づ ! に かひ V ひさ て 買と り、 一 一三 年 も 有しが、 後に 尾 报の人 K 去りて 村 菊なる 事 を 知り、 其 後江 戶の方 へ. 北 您璜談 1 五 二 もつ VI も 臺は 最高し と. 1 熊 野 は 東西 甚 長く、 百 里に 近し。 半より 東に て は 伊勢 國 なり。 木の 本 は 山奥に 百 ケ村許 も 有りて, 一 里 半里 には必 民家 有り。 聊づ, -の 平地 ある 故な り。 しかれ ども 四 五町と 打開き たる 平地 は絕 てな し。 其 記 錄卷 物に て 判の 詞等詳 なり。 奥 書に 『西 園 寺 相 國公相 公 御 自筆の 本 を 以て 書寫 す。 持明院 三位 宗時卿 許可 門人 井上 光美 書』 と 見えた り。 形 牝狗の ごと, ちゃかつ さいび ざ ふもラ つめ する-ど わし 毛色 茶賴 にて, 細微の 雜毛 有り。 四 足の 爪 甚. 面長く 目 ほそし。 見る 人 其 名 を 知る 事な し。 其 後 下總の 旅人に 語りし に、 - けもの たねき 彼國 にて マミと 云 ものなる べし ど 云へ りと ぞ。 伊勢山 中には コ アミと 云獸 右"。 熊 野海濱 にて 三大邑 あり、 木の 本, 雄 鷲, 長 島と 云。 皆 千 軒の 所な り。 其地狹 i ぬ なれ すこぶる ふ n,7 かんだ ミ ちかみち けんそ こえ ども. 颇富繞 の 地な り" 雄 驚 木の 本 遣より 浪花へ 出ろ に, 問 道の 近道 あり。 檢蛆を 越 さ、 つし や たつ て, 大和 國吉野 郡 上 市 村に 出る。 壯者は 一 一日に て 上 市に 達す。 浪花まで 四日 路 にて 達す。 此道を 姥ケ峯 越と 云。 王臺 山の 一 厘 西 を ゆく いけ みね-ど ほり 歴て 行。 姥ケ峯 の 南の 方に 道 二 筋 あり。 一筋 を 池の 嶺通 とい ふ。 高山の 嶺に 池お り。 又 池 水の 中に 浮 木, v いふ 物 有りて、 折々 うきぎ いうかう 此浮木 水上に 遊行す。 其 時は必 大風 大雨 等お りと なり。 ゎ, つ だ、 さん おく あた しん- 5 んち, フ , 王 臺山は 熊 野の 奥に 當 りて、 和 州吉野 郡の 深山 中の 高山な り。 伊勢の 宮川、 熊 野の 新 宮川、 紀 州の 紀の 川, 此三 川の 水源な り。 中 王臺、 南 王臺、 北王臺 S 三峯 あり。 0ffl 仲 達 此刀を 傅へ 得て 所持せ り。 余 藤 田 氏に て 見る 事 を 得たり。 伊賀 守 金 道が 作に ひ こミ : て、 長 二 nj ,フ 、? J おもて せきしん? if こく おき あゆ いい 赤銅の 一枚 は、、、 きに て、 其 は、、 、きの 裏表に、 赤心 報 國の字 匿 上に 見えたり。 楷書な り。 しんてい そへ がき つ は かくつ は 锏齋 先生 自筆の よし、 西 侬成齋 先生 審定の 添書に 見えたり。 鍔 は鐵 のす かしの 角鍔甚 もつ ふち; しら てつ きん ザ」 うがん つか も ミゅひ まき 厚し。 綠 頭は鐵 にて、 唐草 を 金 象眼に 少し 人れ たり。 柄 は 元結卷 なり。 赤心 報 國の四 いれ V- み -〉 "は. 岳 武穆の 脊屮に 黥 し 居 給 ひし 文字な りと ぞ。 浪花の 松 本 周 助 奉 時 道 人と 號 する 人の 家に、 三 足の 蝦蟇の 乾物 あり。 諸 名家の 詩文 有 りて, 實に奇 品な り。 其 後の 物語に、 近年 又 六 脚の 蝦蟇 を 得たり と。 天地 間 無き 物 は あらす とい ふべ し。 後編 卷之ニ 1 四 九 樂怜 す 說 と 北 窓瓊談 II 四 八 りつ か d む りつ あた てて 十一月の 律と す。 故に 十月の 律 は 上 無 律に 當る。 是に 依て 十月 を 上 無月と いふな り。 紀州 和歌 山より 一 一里ば かり 東に 岡 田と いふ 所有り。 其 地に 桑-原 角 之 進と い ふ 人 有り。 ' いん むか レ せ、, ざん び よ 桑原 彈正 少弼の 後胤に して, 舊家 なり。 家に 昔より 靑 山の 琵 ia を持傳 へたり。 今に ちんざう り珍藏 せりと、 其 家の i-HS 河 內星三 右衞門 物語な り。 聖人 は 天地の 秀氣を 得た る もの いん や 3 みつこ ミ ぼや なれば、 其 陰陽の 氣も 又充る 事の 早き にや いし. : a-. わ か. 外科 大成 , ミころ わら はなはだ こ W などに いふ 所の 砭の法 は 笑 ふべき の 甚 しき 事な り。 唐土の 產 など、 日本の 半 夏に は 似 も よら すと いふ。 同じ 日本の 內 にても 甚甲こ あり。 一 國の中 にても 其 地の 差別 あり となり。 ひ傳 ふ。 印 記 はなし。 子 思, 孟子と 記せり。 此卷物 は 明 末の 物と 見 ゆ。 此說来 涯の說 に 異なり。 いづれ か是 なるべき や。 E 摩に 一 士人 あり。 若き 顷 より 常人に 異なりて, 深く 佛 道を修 し, みづ から 無人 相菩 薩と稱 し, 世事 を 意と せす、 奇異の 人な り。 佛螯 をよ くし、 多く 畫 けり。 おの づ から 佛 像になる やうに 畫き、 信心の 人に は 附與す 雲水の 行 i など は 多く 彼國 にいたり, 此 人を拜 す。 此 菩薩、 或 時 別 府藤藏 へ 物語り せられし は, X ふけ V. J ぜんくわん!!? 5 ふ わか こ ゑ さみせん ひ は 15 た えん 夜 更人靜 まりて 座禪觀 法の 折節 にても, 若き 女の 聲 して 三味線 を彈き 端 歌 を 艷に高 は. きけ ラ々ー びじん す W 一 くうた ふ を遙に iw ば、 何となく 心 動く ものな り。 まのあたり 美人 を 見る にも 勝れり。 我 だ も かくの ごとし。 足下な ど 年若き 人 は 深く 恐れ 愼 むべき 事に こそと、 しみぐ と つ こミ した まじ は 告られ しと, 藤藏 余に 語りき。 藤 藏は薩 摩の 人に て. 余 彼國に 在りし 頃 殊に 親しく 交 りし 人な り。 和書 を說 人. 余 考 るに. 木 邦 伶 倫 家 用る 律呂の 配當、 壹越律 を黃鐘 律に 當 けんき ゃラ ふく わい せつ 後編 卷之ニ 一四 七, 北 窓璘詠 1 W 六 て 有名な ろ 螯家也 安永 年 四月 投. 近世の 書畫 にて か- -る高 料 は閗も 及ばす。 大雅 堂の 書 畫の秀 し 故に や、 又當今 都鄙と もに 書畫 流行 ゆ ゑに や。 彼畫幅 もとより 紙 表具な りし,.. 宋 調の 琴に て、 東坡 所持 の 物な りしよ し。 西 垣み づ から 記 を 作り、 其 圖樣を 摸せ り。 余 も 人より 瞎 へて 其圖は しんぶつ 見し。 眞物 なり やい か、、、。 いかなる いは れ にや ノ - せ きなんた ラ へいか ラ えき れん• 、 いしょ 紀效 新書 は 明の 戚南塘 の 著す 所に して、 兵家 有益の 書な り。 又此 同人の 作に, 練兵 諸 書 いっちつ なんき ちんしょ といへ る 書 一 跌 あり。 余 南 紀の小 田 氏の 家に て 此書を 一 見せり。 珍書な り。 紀效 新書の 眞 なる がごと くなる に は あら じと 見 ゆ。 - s ャ.. 'ii ん づ じ りつ 唐土に て 諸國に 祭る 所の 孔 夫子の 像 杏 壇の 圖多 きに、 侍立の 弟子 十四 人 あり。 ' 說に は、 十哲に いし、 CS ち いん さくなら びに. 藝 州の 知 音より、 余が 方へ も 其 途中の 作 竝 聯句 等 を 甞寫し おく てなら ひがく もん I ニノ。 て 贈れり。 彼 國に歸 り、 日本に て 手習舉 問せ しこと を 物語らば、 彼國 の人奇 とすべし 先 先妣 I 亡父. i- -w 羊 代 牛の 草— 所 iS 輋 牛の 草 也、 孟子 敏惠: 土 上篇 に出づ た. "は い がく ゐん 賜り、 長 崎へ 渡り 來る 唐人の 持た る を. 京に も取傳 へて、 醫學院 にて 見せられし 事 あ せ 5 しゅつ り。 抄出して 外に 記す。 或 夜 父母の 傍 に 在し 折節、 先考 孟子 を 讀居給 ひし を 見て, 其 見 給 たづね ふ 本に は 何事 かしる しある と尋 奉りし に、 , キ考汝 にも 讀で閒 すべし とて, 以, 羊 代, 牛 仁へ せん ひ の 章 を 講じ 聞せ 給 ひしに, 堪が たく あはれ に覺 えて 泣 居たり しかば、 先妣 も 見 給 ひて 又 落涙し 給 ひぬ。 是 より 先考に 願 ひ 奉りて, 折々 孟子 を閒, また 論語に も 及びて、 擧 問に 志す 事と はなり ぬ。 此頃 子弟 輩の 彼 章を講 する を 聞て、 三十 五六 年の 昔 を 今の や うに 思 ひ 出し. 父母の 恩義の 深き を も 新なる やうに 覺 えし。 ち れ. ひ ほんそ ミ ミ ち 5 べん 香 川 太 仲 若 かりし 時. 治療の 爲に 奔走せ しに, つ ひに 途中に て 小水 を 便ぜし 事無し。 べんじょ か、 5 さく. 門人い かなる 故と ぞ 問し に, 我家に 歸り 便所 へ 便 すれば, 百姓の 耕作 を 利す る 事な り。 ぉ何ぞ 途中 無 爪に 便し すてん やと 答 へられし とぞ、 太 仲元來 豪放の 氣質 なれ ども, 士 5 す 所 は 深切に て 殊勝の 事な り。 寬攻八 年 丙 辰. 難 風に 逢し より 三年に して 日本に 歸れ りと ぞ。 安 南國王 後 編 卷之ニ 1 四 1 二 北 窓瓊談 1 四 二 歸 化し V 、黄 蘗山 第五 世 の-件 職と な りし 人 也 乾隆 帝— 淸 の 第 六 世 高 宗皇帝 va- い 免 子大隨 和尙傍 に 見 居て、 是も 見苦し, これ も 見苦しと て、 八十 四 枚に 及べ る 時、 べんじ たて かう せん いか. 高 泉 あまりに 書な やみて, 少し 憤 を 起し、 今度 は 大隨に 驚 しめん と维を 放って 書 終れる 所に、 大隨 歸り來 りて、 是を 見る より 大に 賞し, 是 にて こそ 山 ちん かき あら. U む 門を鎭 すべき ものな りと、 手 を 打て 悦し とぞ。 此額は 高 泉 和 尙書改 る こと 八十 五 枚 にして 成就せ しものに て、 彼 山中に て は 今に 口碑に 殘る 事と 物語せ り。 寬 のぼ 政 丙 辰の 春、 人して 京に 上し 余に mt- せし む。 實に 五六 百年 以上の 古物と 見 ゆ。 胴 は 桐 こ めん り. f プ ゑが わたり 木に て橫 木に 用 ひ、 八ッを 合せて 胴と す。 皮 は 片面な り。 鼓 面に 龍を畫 く。 鼓の 徑、 び や- フ 表に て 一尺 五寸 三分, 深 四寸, 裏の 方に て、 徑 一尺 四寸 五分。 胴の 桐 木の 厚 四 分。 或 人の 說に は、 唐土の 物なる べしと もい ひし。 寬政八 年 丙 辰 春、 唐土 乾 降 帝 在位 六十 一 年に して, 皇太子に 讓位 あり。 今年 正月 元日 より 皇太子 卽位, 年號を 嘉慶と 改めら る。 六十 一 年に して 讓位 ありし は、 康熙帝 在位 の 年 數に越 ゆる 事 を 揮 り 給 ひしに や, 又は 一 e. 子 を歴給 ひしゅ ゑに や。 何にも あれ 希 たい せいじ じ T ゆ も- M ね わかち 代 S. 盛事な り。 其 節の 上諭 あり。 其 望遠鏡 出て 後 二三 年へ て, 阿蘭陀より ナク トケィ キルと いふ 日月:; 生 辰 を 見る 望遠 鋭 を 渡せり。 浪花 S 人 此ナ. クト クイ キル を 求め 得て, 余が 朋友 も しん ざ, フ ん せい ふせつ 1 覽 せり。 其 見る 所の 日月 星. 善 兵 衞作は 長大なる 故 I し ほ 明白に て 捧れ りと 云, 氽が 家に. ? い,? 見す。 先年より 蠻 製の 望遠鏡 諸 所に 有りと 唱れ ども. 皆虛說 にて、 余 天下に 歴遊して 尊し かど も, 誰 人 所持と いふ 事 を 聞る こと 無り しに, 善 兵衞 日本に て始て 作り出す 頃 に、 また 紅毛 國 よりも 渡り 來れる は, tssi の 開く る ili? 節と いふ もの, 奇妙なる ことな 髙泉 禪師— 明 末の 僧に て寬文 元年 余 宇治に 行た び 毎に、 高 泉 禪師の 書れ し黃壁 山の 山門 上に 掛 たる 第 一 義の額 を 感じ, あ ふ しょ、 つく わ:. Is じん. 第一 伊 ー壹越 一一 一平 調. 近年 本邦に も、 安 南國の 事、 物語 委しく 傳 ふれ ども、 ろくろ 首 ある 事を閗 かす。 f 連 曰, 責,, 於 天下 之士, 者、 爲, 人 排,, 患難, 解,, 紛亂, 而無, 取 也。 實に 男子の すべき 事な り、 況ゃ、 舉文 有り て, 道 を 踏へ て 此事を 行 はば、 大丈夫と いふべ し。 古歌に、 a 早の 池の 流の した, -り は、 阿 濃と 一 志の 界 なりけ り。 北 意璦談 後編 卷之 1 組 I 箏曲の 組馱. つら こ くみ 3 おも-に 八橋 檢校 筑紫箏 をよ く彈 じ, 今の 組と いふ もの を 作る 表裏 十三 曲 を 古 組と いふ 表 ぐみ -T- こ、 ろづ くし -ひ す ゆき ゆきの あさ くものう へ 5. かえ、 心 盡, 1. 天下 太平、 雪 朝, 雲上. 此七曲 をい ふ 裏 組と は、 簿衣. 須磨, 四季 曲, 扇 曲, 此六曲 をい ふ。 初 は 如 此 に 表裏と 二等に 分 ち 有し を、 後に 四 等に 分ち, 新曲 手 事な ど 色々 を 加 ふと ぞ。 又 雲井 調と いふ 有り。 5- 得た 一 リ I 此 行の 次に 邇照心 院 什物の 平 板 調 及び 律 管の 圖 あれ ど 雀 さた: とて、 其 頃 音律の 堪能な り。 俗 氏 は 伶人 家の 舍 弟な りしが、 出家して 恩 德院に 住せる かすが のつ ぼね ぢぅ ぢ にくて い なり。 焉空 は遙に 後の 人に て、 春 日 局の 舍弟、 又 恩 德院の 住持な り。 んゎ 國 初の 頃に は甚勢 有し 人な り。 慶長元 和の 頃の 人な り。 余 唐土 太古の 聖 作の 律 を、 史紀, 國語, かんじょ あら は こ h- つか、 T やくり や. f じ 漢書 等に て考 ふるに 當 今の 律より 一 高く 見 ゆ。 余が 著す 所の 古 律考、 藥 ass 言に 委しく 記せり。 しかれ ども、 伶 ェ家は 其 家の 事 なれば, 余な どが 說は取 ffl ふるこ そ5 めい こミ さらが く h- つ とな かりし が 近年に 到り 聖上 聰明に ましく, 殊更 樂 律の 事に は 妙に 達せ させ 給 ひて、 段々 御 校正 有て、 漸 々伶 ェ家も 其建咼 くな り、 余が 考 ふ る 聖人 の 古 律と 同じ 程 き やう ミく こ せい に 成たり。 遍照心 院詮藝 の 律 を im に, 余が 考る 律と 同じければ, 享德の 頃 迄 は 古聲を 失 はす 有しと 見 ゆ。 早く も 元龜の 頃に 到りて は、 其 律 今の ごとく 低く 成り 下りし と閒 ゆ。 後代の 考 にもと 委敷 記す る ものな り 谷 重 遠 I 泰 山と 號す土 佐の 和學者 也享保 三年 六刀投 年玉 十六 六 孫 王 I 源 ai: 管. I 調子 笛 ちんぶ ミ-に ろ. A; 此愚詠 もとより 陣腐 にして、 詞も調 ひかね、 論す るに たらざる 歌ながら、 堂上 地下の 風格 差別 明白に 見 ゆるが 故し るし 侍る。 實に彼 殿の 御說の ごとく、 ゆくべき 所 を ゆか すして 七 八分目に 詠た る は、 ; 8 ともに 最上な り。 長 高き 體、 幽玄なる 體, 皆 其 中よ り 出づ。 然れ ども 力無く て 初より 七 八分目なる はいか,、、。 ん は, r-vvv せん こと を 得たり。 其 管 舌 無く、 竹の 筒な り。 紅 の絲 にて 組た る も 有 り。 淺 黄の 絲 にて 組た る も 有り。 詮藝 作の 律 管 は 平 調の 板に て寫 されたり と 見えて、 き-つ きャ 5 ミく ねんが. フ 平 調を宮 となし, 其 管より 始めた る 有り。 余が 所持の 律 管に 吹 合せて 試 るに、 よく 脇 ひて 甲 こ 無し。 焉 空の 律も大 體に同 律に て, よく 協へ り。 當今 世に 行る, -伶 人家の 律より は大體 一律 程 高し• 兩佾 b つくわん A じか はん h- つ -9 ち ろん おんせい つ の 律 管と もに 甚 短し。 切りて 多く は 半捧を S ひたり。 勿論 音聲 のみ を寫 して 切りた る よ. :! い んせ -3 おん ミく. ん ものに て、 法に 依りて 切りた る 管に は あらす。 伊案院 氏の 物語し とぞ。 古き 窗 居に は 古 實も多 のこ ミ ちラ りんじ く 殘れる 事 有り。 何れの 社 にても、 途中な どに て 臨時に 和歌 奉納の 時な ど は, 是に似 よりたる はから ひもよ ろし かるべ きに や。 と 詠 出しければ、 其 殿の 評に、 歌 は あまりに 趣向 過た る は あしし。 行べき 所 を ゆかす く -0 して 七 八分目に 詠た るよ し。 此馱 など も暮る 夜の 月影 さ へ ぞ ほのかな りけ るな ど 有ら すぎ あ ひ ば ゆるやか なるべし、 上の句に 力 過 たれば、 是 にても 下の かけ 合よ ろしから ね ど, 此 もん じんじゃ ラ よむ 下の句の 趣に 今 一 き は 按ぜ ぱい かほ ども 有べ し。 舂嘩其 御 家の 門人に あら ざれば 强て引 かんが は しょ だう じ や 5 ぢけ ふ、 フ かく i さべつ 直させ 給 は ざり し。 家に 歸 りて 後 考 ふろに、 此場听 堂上 地下の 風格の なる 差別な り。 選 取 I 原木 撰 取に 作る 家隆 卿の 集 中 云々— 定 家 は 諸體具 は リ家隆 は 然ら ざろ. yj- い ヘリ 杜少陵 I 唐 代の 詩人 杜 甫、 字 は 子 美, 大曆五 年投年 五十 九 王輞川 I 康 思 ひ, 且は大 なる よみそんじ 無き やうと 思 ふ 時には, 引か. 早 く出來 て、 しかも 歌の ー體を 得た る やうに 聞 ゆるな り。 され どよ き 歌に は あらす と 知 るべ し。 誠に 風流の 氣 少なし。 され ど 其カ餘 有りて, 實に 和歌の 大家と いふべ し。 集中 に諸體 具足し, 選 取らば 彼 卿に はいかなる 歌 も 有べ し。 家隆 卿の 集中に は、 定家卿 は L LA. ォ J せ や- 有べ からす。 定家觀 の 集中に は 家隆卿 もお べし。 家隆購 は王輞 川の ごとし. 唐土 にても 子 美 摩 詰の 優劣 を 論ぜし 人の, 杜衝 わ, っゐ てきろ, -3 は 大家な り、 王 維 は 名家な り。 社中に 王 は 有るべし, 王 中に 杜は 無しと 評しき。 的 論 なり。 fci るかな 無き にあら す。 後世の 人の 及ぶべき にあら す。 貫 之 はむかし も 今 も つぎ せい こ, フ せいり くつ ラた び そ 人 丸 赤 人に 次て 和歌の 聖と ももて はやす とも, 後世 歌の 鼻祖 ともい ふべ き 歌 多 し。 樱 散る 木の 下風 はさむ からで、 空に しられぬ 雪ぞ 降け る。 人 はい さ 心 もしら す、 故鄕 は花ぞ むかしの 香に 句 ひける。 絲 り くつ よじ ゃラ さか ひ によるの 歌 は 理窟 中に 餘情 有りて、 超凡の 境に 近し。 古今 集に, いかで 此歌を 歌く づ と は 名に 立てし。 和歌の 第一の 病 は 理窟な り。 理 くつ は 議論な り, 和歌に は あらす。 いかで 餘情 を感す こミは やく るに 到らん や。 第二の 病 は 引かけ たる 詞 なり。 こぬ 人 を まつと かけ、 燒ゃ もし ほと い むすび さわが いや あらそ ひて こがる と 結た る, 言葉 躁 しく、 心つ まり、 賤し。 當座 などに 人に よみお くれて, 何とも あれ 早くよ み 出さん と 寶; s 二 年 七 月 後深草 院 の 勅ん. 奉じ ィ、 膝 S 爲家ー の 撰した る 和歌 集 也 二 十卷 より 成 る 久方の-. 作 者 紀友則 由 良の I 作 者 曾 彌 好 il 結ぶ 手. 誠に 言 紫と- -の ひ, 一首の 姿も賤 しからす、 扨 面白く よみお ほせた る 歌な り。 扨 古の 眞の 秀逸と いふ は、 か. 久方の 光り 長閑き 春の 日に、 しづ 心なく 花の ちる らん, 由 良の 戶を 渡る 舟人 かぢ をた え、 行末 もしらぬ 戀の道 哉。 結ぶ 手の If に 濁る 山の 井の, あかで も 人に 別れぬ るかな。 住 吉の松 を 秋風 吹から に、 こ ゑ 打 添る 沖津 しら 浪。 大 かたは 月 を もめで じ是ぞ この、 つもれば 人の 老 となる もの。 是 等の 耿は 初より 面, 3 くよ みて 譽 をと らんと 巧み 出した る 工夫の 痕 なし。 實に 超凡の 作と いふべ し。 されば 眞の 秀逸 は强て 勤めて 得べき ものに あらす。 修行 足り, 力 及び て, 执ぉ 人の 見識 高き によるべし。 7 れつ ミ しょ. やす がんりき 貫之躬 li! の 優劣 を 人の 問し に、 俊賴 の、 躬恒は 及び 易から すと 答へ しと ぞ。 俊賴 眼力 设編卷 之 1 1 三 三 北 窓瑣談 1 三 二 大平— 宣長 の 門人に て 後に 其 養子 となろ 天 保 四 年 九月 投 I 年 七十 八 範永. I 一條 天皇 の 歌 人 藤 原範永 淸輔— 平安 末 菜の 歌人 藤 股 清輔殆 承 元年 投 得べき I 原 本え ベ さ. 訓ぜり おんせい く そ やきめ やま さいれい 字の 音聲 にて 傳來 し, 久楚と は 書 誤れる なるべし。 殊に 祭禮に ffl ると あれば. 空 桑 琴 なること 疑 あるべ からす。 もミ をむ の. よみ 歌 は師に 勝れり と 世上 評す。 常 り ふし しんこ きんし ふ てい あさのら くく わ によみ 出す 所 は古體 なる が、 折節 は 新 古今 集の 體を もよ めり。 其 中に 朝 とい ふ 題 にて、 宿りせ し 山 櫻 戶の朝 ほらけ、 きの ふの 花 も 春の 夜の 夢。 y やう じ や、.. ' こミ すぐ 其 行 狀 殊に 勝れた る 人に て、 唯 和歌の 上手なる のみに あらす かすみ ラづも のりな が あそん し- f いつ じ 1 「尋ねぬ る 宿 は 霞に 埋れ て, 谷の 鶯 一 聲ぞ する. - 此歌 は範永 朝臣の 一 生の 秀逸と て, 自 さん. ; 'ん きょす け あそん ひミ りかの たねし い 讚せられ しに, 其 頃 さして 感 する 人 もなかり し を, 後に J8 朝 -臣 の 獨彼歌 主の 意に ぼんさく f い 通ぜ りと しるし 置れ し。 ひやう ろん ほ 4 れ に 得べき 和歌に あらす。 然るに、 常時の 評論に させる 春 も 無り し は, 歌 側く 事の よむ ことより も 難 き 故に や。 いんしょく いた か- フ し-つ 後日 數 へて、 痢疾 癒え、 飲食 常の ごとくな るに 到りて は、 鼻の 香 臭 を 聞 こと も 常に こミ い せん なかく こミ. は 全く 數日絕 食して 經絡 空虚し、 血液 淸 稀に なりし 故、 刺の 走り 怜 g になり て、 鼻へ も 耳へ も 達せし 故な り。 是を 以て 思へば、 仙人 道士の 穀. つ こん もくひ けつえきせ いたん れいつ 5 草根木皮 のみ を 食して、 血液 淸 淡に なれば、 神氣靈 通して 奇妙なる こと 有る もむ ベな り。 菅 丞相の 裔孫某 殿の 家 1. ;:! 四 分、 重 二十 九戔。 文曰漢 委奴國 王。 余 も 其 にて 印の 押た る を 見し。 K 頃 募ら 評 、じて、 漢朝より 日本の 天子 を 封 じたる 金印な りと 云へ り。 b 刻 家な どの 說 にも、 化 M 眞に 漢朝の 制度に 叶へ り, 物に は 有 まじと 云 へり。 I 今 は都留 郡に 作る い ろん ミき たい はな しょ 5 醫論の 時に 此事を 引て、 祌氣 の體を 離る く證 とする こと. 此頃 見し 鱸 餘雜錄 にも 似し 事の 有れば 書 出しぬ。 一 本邦の 擧者, 作文に 奇語僻 字 を 用る 時には, 多く 漢土の 人の 文中に 見えた る 例に 依り て 用る ことなり。 世の 人 多く ノ此語 は 何の 書出處 なり, 此字は 何 書出處 なりと いふ。 皆 川の 史記助 字 法 凡例な どに も, 是を 出處と 書り。 元 來出處 とい ふ は、 士の 朝に 出て 仕 ふると、 家に 處て隱 る, - との 事な り。 然るに 何の 書の 出處 なりと いふ 事、 無覺束 と 思 ひしに、 佐野少 進物 語に、 老 學庵箪 記に、 今人 解,, 杜 詩ー但 尋,- 出處 I 不知 少陵之 意 初不. 疋 云々。 又 來處と 云 事 あり。 通鑑註 云、 作 不, 可, 無,, 來處, 云々。 又 野 客 叢書, 割 禹錫 曰、 ; 僻 字; 須き, 來處ー 云々。 是 等の 事、 近世の 人の いふ 出處に 近し。 又 i 、が 子の いひし は, 出 所と 云ん より は、 所 出と いふかた 隧る べしと。 ゆにと ぞ ひし。 一甲 斐國鶴 3 郡に ニ千餘 年の 鶴 有り。 從來 三羽冇 りけ るが、 5gg5:g 其 j 羽 死せ り 9 二 羽の み殘り ありけ るに、 寬政五 年 何方へ 去りけ る や 見えす。 土俗の 說に は、 昇 し 去 ,• 湖水 も 多く, 衆 山 連り 鋒え. 奇妙の 僻地な り とぞ 鶴の 郡と 名 附し事 も此鶴 居る 故な り。 又東國 印旙 沼と いふ 湖 を 切 落し 新田に せんとて、 先年 其 普請 有りし かど も、 其 後 其 事 十分に な た• は 成ら ざり しと 間し。 伹 神代の 頃. 肥後國 阿蘇の 湖水 を 今の 川尻へ 切り落し 現に 今 二 萬 石の m 地と 成れり と 云。 是 のみ 其 功 成れり と 見えし。 和漢 古今 人情 は 遠から ざる 物な り。 くり、. ' よ ざつろ- ぜん? いに. T けい ちょじゅつ せいく 一 鮪 餘雜錄 は 紀 州の 善 齋道慶 の 著述な り。 善齊 は惺窩 先生の 門人な り。 其 書中に 云 孤 樹衷談 に、 菽 S 雜記を 引て, 私英宗 時, 省 有 X, 臨, 刑 以-! 三覆奏 1 得 美。 或 問、 當 --此 時, 自 覺,, 心祌 如何? 云, 旣昏然 無 之, 伹記身 座,, 屋背 上; 下見 一 人面-縛 我; 妻子 親戚 皆 在, 傍• 少顷 報至才 得卞 JIffi 云々。 春暉 さきに 明 人の 害の 中に て 見し 事の 有しに, 人笞 i の も い. 3 じ,. つうく. a へ はじめ ほさ つうべ 打る,, 事 有しに、 後に 友人 問て、 痛苦 堪 がた くや 有 けんと 云 ひしに、 始の程 は 痛苦 お た,、 わが ふ むちうた はるか した か; i す こ Z つ 5 く を覺 えしが、 後に は 唯 我 身の 笞 打る. -を遙 の 下の 方に 見し ばかりにて 少しも 痛苦 を こ や... ' し く V. 後に 摩 竭陀國 に 君臨せ し 王 にて 八 萬 四 一 千の 佛塔 vi- 建立. 此事五 みん ち、 》 れいし てう じラ ふせ 雜俎 にも 見えて、 閩 中の 蔡支, 人 一 度 取れ ぱ鳥獸 集りて 防ぐ ベから すと ぞ。 じ や、 フし、 フゃ はた やぐ わい ねこ けもの かたち 安永 年間の 事な りし。 城 州 八幡の 邊の 野外に、 猫の 死した る を 食ふ獸 あり。 其 形 甚大 たいてい ねこ ほさ いね ま じんた ちょり おそ ならす, 大抵 猫 程に して、 猫に あらす、 犬に あらす。 人の 沙汰せ し は、 黑告 とい ふ獸 にても や 有べき とい いへ ぼくさ:: すけ や はた さん ひし。 余が 家の 僕貞助 八幡の 產 にて、 此事を 見し とい ふ。 ひ の せきた ふじ むら ミころ せきた ふ 近 江國日 野より 一 里 許の 山中に、 石塔 寺 村と いふ 所 あり。 其 所に 大 なる 石塔 有り。 世に 是を 阿育 王の 八 萬 四千の 寳 塔の 一 ッ なりと いひ 傳ふ。 今にても 取 集め 組 建ば、 阿育 塔い く おつ かけ いづ よ いづ つく おき つも 建べ しと 嘗り。 伺れ の 代 何れの 人 か, か る 事 を 造り 置し にや。 京都に も 程近き 地 なれ ども、 日本に 記錄 乏しければ しれが たし。 其 害 十六 跌 おりて、 甚 美麗の 書の 仕 立な りと。 茶薩 堂の ぬ し は、 かの 淸和 源氏の 事 さらに 見 及ば ざり しと ぞ。 さらば 疑ら く は、 虛說 にて, 祌代 え,? みあ や 氏 幼少の 時の こと ゆ ゑ 見誤りけ るに こそ。 其 書 は 今に 其 侯の 所藏 なりと ぞ。 かくの ごとき 事 も あ ひろ てんち かんりよ 5 れば、 廣き 天地 間 龍の なしと もい ふべ からす。 すべ て禽獸 ともに 人の 手 さ. -ぬ 間は盜 ざる も のな り。 伊勢の 南方の 山中、 紀州熊 野の 東北の 山中な ど, 皆楝を 夥しく 植て產 業と す。 へん 5. 0 お ほ さ. 0ね す 其邊猿 多き に、 人い まだ 取らざる 間 は猿盜 むこと なし。 もし 一 ッ にても 人 取 を 見ろ 時 は、 數百 千の 猿來 りて, 1 1 一日の 間に 満山の 姊を 盜み盡 す。 人 追 ども 防ぎ 得す。 故に, 後編 卷之 1 11 五 北 談 1 二 四 大淸會 典 I 淸の 高宗皇 帝の 勅 によ つて 成れる 政 寄 也百卷 ょリ 成る 新 安手 简 11 新 井 白 石, 安穰潜 泊, の 贈答の 手 一 節. 一 ると も 恨な し。 世 閒高青 の 人の 惡は 憚りて よきに 取な し、 賤き 人の 善事 は稱 美す る 人 稀に して、 遂に は 世に 埋 たんそく いたり そ こ る. D やうし ふ- CN ベから すと, 繰返し 云 はれし。 誠に 翁の 士 W 毅然として 奪 ふべ からす。 古の 良 史の風 有 る人なりき。 其 ea 本 一部 を 長 崎の 唐 通 事 神代 氏殘し 留めて 家に t さめ し そくた ち-.. 此事は 白 石 先生 きんし べつ はん のせ いろく さ た な しん しん の 頃 金 别 本に 載たり とて、 色々 沙汰 ありし 事な り。 其 後 も 年久敷 諸方に て 珍奇の 話と 成 居れる 事 なれ ども, 畢竟 は浮說 なるべし。 然るに, 神代 子 宵に 見たり しと は, 奇 中の 又 奇なる ことなり- 其 後程へ て. 此杜ロ 齢 八十 四 歳の 時、 余始て 知る 人に なりて、 時 々尊て, 隔意な く 物 語せ り。 温厚 柔和の 質に て. 隱居 せし 後 は, 世事 を經營 する こと 露ば かり も 無し。 ん に 世 外の 眞隱 なりき。 翁 色 を 正して、 足下 はい まだ 壯 年の 事 なれば、 猶此後 著書 も 多 かるべし。 平 じ ni ゥ ずゐぶ V---. ひわ ゑん. よ た,、 ふで ミ いさ, か ゑんり よ おこ 常の 事 は隨分 柔和に て 遠慮が ちなる よし。 'て 世間に 憚りて は, 實を失 ふ 事 多し。 翁が 著す 書に は 天子 將 軍の 御 事 、さ、 か ゑ 乞 J. 是ま でも 親類 朋友 每度 諫め て、 いか ニ寫本 なれば とて、 いかにして 世間に 拽出 まじき にても なし。 いかなる 忌諱 の 事に か 觸れて 罪 を 得 まじき ものに あらす。 切て 居れり。 翁が 實錄は 後世に も傳 ふべ く 思へば、 善惡 ともに 侵せし は 其 人の 過 なれば. たと へ 高貴の 御 人の 事 にても、 少し も 枉て資 を 覆 ふ 事 を 欲せす。 此實錄 の 事に 附て罪 を 得ば, 八十の 老翁の 白髮 首. ; —つ ひに ゆ く 就と は 力 れてき 5 し かどき の ふ け ふとば 思 は ざリ し. 長慶此 所より 直に 出陣いた し 候 也。 されば 今生の 御い とまに も 成り. 和 泉 國岸和 ffl 領熊取 谷と いふ 所に, 四 ツ子 を產 す。 泉 州 成 ffl 左 近 物語な り, 寬攻七 年 乙 卯 春の ことなり。 されば 唐の 世まで も廣陵 いじ たうて 5 t な こ だい しきぶ ころ 散の 曲 を 傅へ たりと 思 はる。 本邦の 藝事唐 調を學 ぶこと 古代の 風 なれば、 式部が 頃 も 實に此 曲 を 彈ぜし 人な しと もい ひがたき にや。 フ な のり かく 翁 草と いふ 書 は、 京都の 士祌澤 何某, 致仕の 後、 杜 口と 名乘て 市中に 隱れ 住け る 時 じ やう じゅ きじお ほ ふで ミ ちり ひぢ の 作な り。 翁 草 一 一 百卷 成就して 後, 猶近 年の 奇事 多ければ 箪を 留めが たしと て、 塵 泥 金: s5 門- J- 隨ー れ ISE 間の 如き 行 もリ しかいぶ 忠仁 公— 藤 原茛 房の 謚 原木た:;, 1 ひ とと 訓讀す 一 れど諛 也 三 尺 五寸云 云 I 咲く 花 の 下 にかく る f 人お ほ みゎリ しに まさろ 藤の 千代 もと- 世 S 中 に さ 一 子 を 位に 卽け 奉り 給 ひける に, 唐土なら ば 義兵 を も あけ, 首 陽 山に も 週るべき を. 本 て. フ じ せい なり ひらきん し y よくえ ふ 朝の 事 勢, いかなる 事 ありても, さる 事 はなり まじければ, 業: 牛 金 枝 玉 葉の 身 を もつ て" 其 位! g に 中將に 在て、 維喬の 御子の 北山の 雪 を も訪ひ 奉り、 三尺 五寸の 藤の 花に も 述懐の 和歌 を 詠 じつる 心の 內、 思 ひ 知るべし。 又 千代 もと 祈る の 歌, きの ふけ ふ と はの 馱な ど、 唯 ひたすらの 放蕩 遊 冶の 人の よみ 得べき 歌 か は。 然 るに、 京 極 黃門を はじめ, 千歳の 後まで も、 唯 ひたすらの 遊 冶 色の 人との み 思 ひ ほ い き や. 汝 はいかに 思ふぞ やと 語り 給 ひし。 此 も 自ら 憤る ことの 有りて- 穢 行の 閒ぇ ある を 感じて, 業 平の 事 を 語り 給へ るに や。 楠 正 行軍 功に よりて 官女 を 賜りし を辭し 奉りて、 かり ちぎり とても 世に、 ながら ふべ くも あらぬ 身の、 假の契 をい かで 結ばん。 さすが 槠 公の 子な りけ る。 三 好 長慶, 京都 某 殿の 連 耿の會 にあり ける に S に 交る 藤の 一 もと、. -と いふ 句 出て、 なチ、 つけ ゎづ. b はや ,5 ち つか ひ -JiA S 難句 なれば 一座 附. m ひて 有け る をり 節、 早 打の 使來 りて、 長 慶に文 を 出す。 長 慶見終 つけく き才 それがし ラけ しはらく しもん ふるね t りて 下にお き、 此附句 抂て某 か. 庭に 居 合せし 內藤 なりと ぞ。 一同 福 山の 人、, 夜中に あやまちて 蝦 暮を踏 殺せし に、 其 蝦 募 潰る. - 時に、 一方の 足の 內 踝の 所に 蝦蟇の 息 か, - りて、 其 あっき 事 熱湯な そ, - ぐが 如くな りしが, それより 其 所. い は n. 7 やく いえ 次第に 腫て 痛む 事 限な し。 寒熱甚 しくして 數日惱 しが、 色々 治療 を 加へ て漸に 癒たり。 よくねん いた ゆ ゑな く ミんし ? くはフ 其 S 年 其 時節に 到りて、 其 人 故 無して 頓死せ り。 保發せ しなるべし。 是も其 時の 物語な りき。 ,も も ねずみ こ. ?6 ん. ' こら n. 就中 大 にして 强き 鼠よ しと 云。 然れ ども, 其 鼠 人 を も 咬 ものな り。 恐るべし。 き や -3 あるひ ミ じ じついん 1 或 日 去る 御 卿の 御物 語に, むかし 或 入定 家 卿に、 伊勢 物語 は 事實淫 おの 事 多き に、 い ちんち よ. - じん いき ほひ よ これ ひミ 門に 臆れ たるに や。 雜喬の 御子 御 位に 卽給ぷ を, 外 减の忠 仁 公 勢に 侬 りて、 維 仁の 御 めづ てきせつ けいよ. 誠に 世の 詩人の 奇字を 競 ひ 用 ふる も. 故な きに は あ ら す。 に は. 1 'じ::. - るが, 其烟內 藤が 左の 目に 當 りて、 蛇 は 其 ま. - 倒れ 死し ける。 旣に命 も 失 ふべ く 見えし 程に、 内 藤 煙 tt こ タく き せる がん. ?? よれせ, フ 草の やにの 蛇に 赛 なること を 思 ひ 出して、 煙管の やに を 眼中に 入れし に、 漸々 に聽消 し. 痛 や はらぎ て, 1 日 許に 苦惱 返き, 眼 赤き ばかりな りし かば、 日々 にやに を 入れ 隹 つた いえ よくねん じ せつ めいた み め、, し たるに, 五六 日して 全く 癒たり。 其 翌年. 其 時節 又 眼 痛 出した るに, 色々 の 眼科 醫の ち ほさ こ いえ じ やさく き せる 1》 ち 44 ち 治療 を 施し けれども 癒 ざり しかば, 蛇毒の 事 を 思 ひ 出し, 又 煙管の やに を 入れし に忽 いえ がんもく のち 、, え 愈たり 二三 年 も 其 時節に は必眼 H 痛ければ, いつも 其 後 はやに を 入れて 癒ぬ。 此 ゆん しゅん じ C- うち f あた 事 村 上彥峻 物語な りき。 又 云, 蛇 を 打し 人 は 助左衞 門と 云 人に て、 毒に 當 りし 人 は 其 後編 卷之 一 1 1 九 北 寂瓊談 1 1 A 榮花 物語 I 一 宇多 天皇の 寬平 年間よ リ堀河 天皇 一 の 寬治六 年 に 至ろ 約 二 百餘 年間の 雑史也 四十 一 一 卷ょリ 成 る 著者 未詳 蘭螞 先生 I」 紀州 藩の 儻ー 者. 又狹き 座敷に 戀物を かけた る 上に. 亦 花 を も 生た る は 興な きものな り 掛物 か, 花 か 一方なる、 いと 見やす し。 然るに、 今の 代に も, 古筆 を 弄ぶ 人の, 貫 之 自筚の to へんし しょ ぢ したし を さ 今 集の 片紙は 所持せ る 人 多し。 余が 親き 人の 家に も 是を藏 めたり。 榮花 物語の 頃より き たい ちんぷつ ぶ さ 5 ちょ ラは f 希代の 珍 物 なれば、 今の 世片 紙と い へ ども 無雙 の重寶 なり。 蘭喁 先生 中年 を 過る 頃までの 書 は、 余 毎度 見 及びし が, 大に其 父兄に は 劣れり。 いかな り や。 然れ ども、 玉 山の 詩 たえ ふうみ な 絕て 日本の 風味 無し。 : えいぶつ L かま じえ ぉミ へいしゃ, かいがん 元の 謝宗 可の 詠 物の 詩に、 釜の 煮 音 を 瓶笙と 作れり。 松風 蟹 眼な どい ひ 古した る を う ゆろ と訓 琴一琴の- と? 略に て I 七 終 也 二重 切— 竹 一 の 二 節 切. な るべ し。 この 段 人の 甚 難ん する 所に して、 世間に 扁鵠 なき ゆ ゑんな. 五雜俎 曰, SI 卽鶴 也。 又 梓 木 を 以て 棺に 作り, 墓に 植 るな ど, 曰 木に もむ かし は 多き ものと み ゆ。 余 も 久しく 人に 尋 11 ども, 眞の 梓と いふ ものい まだ 見す。 俗に キサ、 ダ 又ァ カメ ガシハ などい ふ もの も, 本草 物産の 攀 者に 問に、 翼の 梓に は あらす とい ふ。 きん うらいた み の 力く に は かたち 平 松 殿 琴の 裏板の ffl にと て, 美濃國 梓山の 梓の 木 を 求ら れし。 其、 葉の 形 はいかな り や, よ そのいた ご ざつ そ よふ シャ ィャ 力 余 も 板 は 見たり しか ども 葉 は 知らす。 後に 五雜 組を讀 たりし とき, 梓 也、 椅也、 檳 ャ シゥャ ヨシヤ ゥャ べんべつ しゅ. き 土 にても 辨別 しがた き 木に て, 同種類の あや 》5 物と 思 はる。 されば キサ、 グもァ カメ ガシ ハも あづさと いひて 誤に は あらざる ベ し。 y9 よ いんし や 5 もうい モラ ちん i ほく もん さ や-、 前の 松 前 侯 害 を 善くす。 其 印 草に 毛夷您 鎖と 彫れる あり。 又 北門 鎖 凝と 彫れる も 有り。 實! 【他の 人の 用ら れ ざる 印章な り。 いづかた に V-J- き. 二重 切の 花 生、 今の 世に は 何方に も 川 ふれ ども. 無風 流の 物に て, いと 見苦し。 利 休 の顷 は、 勝手 物に て 花の いけ、 ために ffl ひし ものの よし。 床へ 出し、 人に 見すべき 物 後 蹁 卷之 1 1 七 お 滅攻談 1 ニハ 淨 瑠璃 I 原 一 本 淨 瑶理に 作る 覇鵲 I 支那 一 戦國 時代の 名暨也 委し くは史 記の 1 ts 鶬食公 列 一 專-ト 見 ゆ い はは し. 5 えき しんそ は ものがたり kfi- や-. ' 因幡の 河 田 八 助 周易 新疏を 著して 後、 折 ふしの 物語に. 我技俩 にて よくも 是 程の 作の 出來 たりし、 いといぶ かしき やうな りと いはれ しと ぞ。 a 具實の 語と 思 はる。 太閤 時代の 軍 物語 を 委細に 記して, 俗耳 を悦 しむる 書な り。 世上に 實錄 なりと もてはやす。 是は大 坂の 2.?. 、3 る は I , , ちか i つなみ ら ミ もがら おもしろ つく つら きん. ft んじャ. ク, っごミ いくさ 流行せ さる ゆ ゑ、 作者 も 仕業 なきやう になり. 色々 の 敵 打 騒動 事 又は 軍 物語の 作り か へ 等 を 面白く 作り出して、 俗人 を悦 しめ、 利 を 得しな り。 淨 璃本は 婦女子 迄 も 初よ り そらごと なろ 事 をよ く 知り 居て 害な けれども. 作者 は大 なろ 罪なる べし。 J いた もの へんじゃく ぢ や、. 'ふ い 醫 術の 妙に 至れる 者 は扁鵠 なり。 丈夫に して 醫を なさば 扁鵠 がごと くなる べし。 翳 を いしょく はか こまかな A き やうが い 以て 衣食 を 計る もの は, 術の 妙に 至ろ 事 叶 ふべ からす。 されば 身の 境界 も扁鵠 がごと 北 懲壎談 後編 卷之 蔽 茂ニ郧 I 熊 本 藩の 學 職 孤山. -號 -す 一中 井 善 太 一 朱子舉 派の 儒者 竹 山、 文化 元年 二 月投年 七十 一 五 や ふ W 、f 'す は おり き 肥 後の 蔽 茂ニ郞 先生, 太 坂の 中 井 善 太 先生 を 初て 訪 ひし 時, 冬な りしが、 薄 羽織 を 著 たり。 屮井 怪しみて- いか なれば 先生に は 夏衣 を 著 給 ふと 問し に、 茂ニ郞 すへ て、 S 許々 夏 出 候 ひし かばと いひし。 丹 後の 田邊 城下より 三 里 許 S 舍の溝 尻と いふ 所より、 醫 生来り 舉 びし 事のお りしが、 ものがたり ざ いしょ い. ?' のば. y こ レ のぼ はじの P 其 物語に, 在所に て 紙 意と いふ もの を 見す, 今年 京に 上りて 初て 見たり。 誠に 京 離る. - こと 僅に 廿 1: 五 里の 地に て さへ、 其 質朴 かくの ごとし。 0 、つた これら 婚鱧 などの 宴席の 事に て、 興に 乘 すれば、 鹿兒 島の 侍 躍の 唄 をうた ふ 事と ぞ。 是等 にても 都鄙の 違 を兒、 又 人氣の 厚薄 を もお も ひやるべし。 as 編卷之 1 1 5 北? 忠攻談 I 1 1 四 り。 びつ ち. y んをり ふし , 年 十七 八 歳な り。 松 之 助と 改名した る を, 京都の 人中 山元 倫 折節 備 中に 下り 居て 見し と 物語な り。 す 十六 卷ょ i リ 成る ぶつ y- ラ はら さ ミびミ ふくち 5 おちい. れ たる 也。 其佛 像の 腹に 穴 ありて, 里人 佛 像の 腹中に 落 入たり しなり, 其大 なろ 事 しゃ ラゃ よりも ひ ほ h- い くわん しょ うつたへ さけさ 5 し。 庄屋な ど 寄 合て、 か. 人 もし 是を 食へば 身體 ほめ きて 堪が たし。 けいし ら. i じち や しょ まね に, ゥ じふ のみ い. 此 老人 日夜 諸 かに 招かれて fi? 汁の み を 飲て 他の 飮食 せす ざゥそ じ や 5 せい た いんしょく だん た,、 しょくよ ラ さ 5 とい ふ。 五雜 姐に 穰 城の 人 年 二百 四十 歳• 京師の 老人 も 長壽を 得べき にや。 奇事 なり。 U 阿波 國勝瑞 村は德 島より 程近き 所に て、 余が 門人 橘 舂菴 住居の 地な り。 其 隣村 定方 むらつな へん なん レ な な つなへ い あらた 二 ミし 村に 綱と いへ る 女、 十五 六 歳の 時, 變 じて 男子と 成る。 則 名 を 綱 平と 改む、 綱 平 今年 ? 5 じっち やう だい さい ぐ し S んもん つね 宽玫六 年 S-K 三十 四 五 歳な り。 壯實 長大の 男に て、 妻 を も 具せ り。 ? y-3 お ほいなる おそ て 國 せし 事 ありし に, 彼 島 逗留の 中の 食に 大成 鳥 ありて、 人 を 見 しらす、 人 を 恐れす、 手 さり え じく くひ- Q s なん は- r- しゅん かし、? 柿に すべき 物に て、 多く 得て 肉を盒 居し と 云。 其 鳥 冬 は 南方に 去て 見えす、 春 夏 秋の み 島に 來り 住。 島に 住る 時 は 羽毛の 色白く、 海中へ 出た ると き は 羽毛 黑く變 すと なり。 rs きょ 堅く 響く 所に 掘當れ り。 す はやとて 大勢 集りて 掘たり しに、 土中に 空虚 ありて 里人 一 おちいり お. 人々 驚き あはて. のきたり しに、 土中より はるかに 其 人の 聲 して. 其 人に 內 はいかなる やうに や LJ 尋 しに, 何: ともしれ す 底に は 土な く 唯 金石の ごとくに か fc. ひろ まっくら ただ , 堅く、 四方 甚だ 廣く. 萬喑 にして 唯 恐ろし かりし かば、 動 も 得せ ざり しとい ふに ぞ、 なほく ほれ ひろ ぶつ 13 てき ぢん てつ 梨花 鎗 とて、 鎗の 柄に 竹に て 造りた る 鳥銃 を附 て、 敵陣へ 鎗を 入れん とする 時、 其、 鳥 f ひミ はな いき ほひ じょ、 リ ひゃく はい. フ 銃 を 一 放 しづ. -打 出して, 其 勢に 乘じ鎗 を 入 るれば, 味方に 百倍の 勢 を 得る とい ふ。 かみ はり ひミ はな てつ は 5 やり つけず てつ は. 又 紙 を 張ぬ きにして 一 放しの 鳥銃の 作り やう あり。 明の 金 幼孜、 千 嫌な どい ふ 人、 皆此 器に て 大に利 を 得し 事 あり。 金幼孜 ほくせいき ちょじゅつ れ き:,! いせ-? し まくせ いき のせ けいこく は永樂 年間の 人に て, 北征 記と いふ 著述 あり。 歴代 小史に 此北征 記 を 載たり。 又經國 雄 略に も是 等の 器物の 事 を 載たり。 い せの くにつ のりや、 つたる みひら ふ V'. : い V り いが や ま ミ くに ざ かひたら ぅふ むらい レな M. b む. b へん いた 第に 西に 狩 もて 行て、 伊賀 大和の 國堺太 郞生村 石 名 原 村邊に 到る。 あさましき わざ ふえ ンゃ, つ あた ひ な た• 、おんせい なり" 殊に 笛笙 なんどに は、 竹に 價の しっけても 無き 物に て、 啡音聲 のい ガ めしき を. もし 身の程 も ありて. 價を 限らす 引出物 を もし 侍らば ; K 器の 名譽 なるべし。 もし 身の 德も なくば, 其 主に 心中 をい ひ閒 せ, 一朋 生の 閒其恩 を 忘る ベから ざるな り。 如 此 の 心 あれば、 家に 冥加 あり。 道に 至っても 不慮の 高名 も 有べ し。 萬に 心 ざまの 5 に 無理なら ざる を 見習 ふべ し。 統 秋が 敎 P も 難 有事な り。 一 箏の 名匠 li 近 江春定 とい ふ あり。 近古の 名作な り。 京に も 近 江の 作の 筝を 持た る 人 は icl す ;: い はる. r, ださい じ やう. なが ビ めいさく 稀な り。 其 近 江に も 数 代 ある 中に. かの 春定 最上な りと ぞ。 近 江に つきて 長 門 名作 卷之四 10 五 北 窓璦談 1 四 つ- la ん. 9 よ か へち 卞 ゆ つゆ り 及び 候 へ ば、 御 遠慮なく 歸り給 へ。 茶の湯 は 又の日 ぞ 申入 候べ しと 告て 入る ベ し. 茶道の 主意に は大 にも とれり と 云へ り。 道に 近き 評判と 云べ し• れいじん ミ きも ミ たけよし も W いやし したな しゃ ラ も. リ るに, 知らす とい ふ。 唯此笙 にあた らん 程 賜 はるべし とて 打 任せた るに、 武吉 絹ニ疋 を與 へて 笙を 買と り、 つくぐ と 見る に, 無 雙の笙 なりければ、 價 をせ し 加 へんと て よび レ T かへ いのち かぎに. 命 を 限り ける を, やう. した ふきこ, ろむ ならび めい. : if 7 の- ゥ 女悅て かへ りぬ。 执笙に 舌 を 附て吹 試 るに、 雙 無き 名签な りければ. 0 ん とよ はら たい , んせ -3 のせ t つ i,!.. の 御物と なり、 傳 りて 今 は院に 有と ぞ。 此事を 豐原統 秋が 體源抄 に 載て、 此事 末代に 有が たき 人の 心 ざまな り。 今の 世に はか, -る物 をた やすく 買 取て は, 我 高名に いひて よろこぶ レ きり たれ h- じゅん し ぜんいし よく たぐ ひ 悦事頓 なり。 大 かた 誰も 世に あれば 利潤 は 大切なる ものな り。 ;:'. !' さ ようい ご り やうけ てだい しゅち. 御兩 家と もに 手代 衆 中 下部と もに、 此方の す: 關に ひかへ 居られ そ まつ M ぎ もし ミ、 の ざんねん きふ へん 候な り。 麓 末ながら 握り飯 を 調 へ て玄關 に 出し 置 候 ひぬ。 殘 念に は 候へ ども, 急 變の事 ちゃ ゆ しゃ,.. f- く おん や しき なれば、 茶の湯 は 又の日. 入 候べ し。 今日は ケ: 關 にて 装束し 給 ひて、 是 より 御屋 きへ ii. こち か ぢき あさかみ しも ミり いそ ゆきき ぐる かつ; は 程近く 候へば、 直に 御 出 候へ。 麻 上下に て 取 急 ざ 往来し 給 はん は 見苦し かるべく 且 は 手 問 取て 御用 も遲々 に 及び 申べ ければ、 かくは はから ひ 申せし なりと いひて 入り ぬ" 其時兩 人の 嬉し さいはん 方な し。 敎の ごとくして、 他の 人より はいち 早く 屋敷へ も 出 た 力ければ, 兩人 ともに 丹 下が 茶 事の 功 者なる こと を 終身 感じ 語り合け り。 っ仁 つ ひや-つ こ, ろえ , -.. いで 來速 水宗達 評して、 丹 下 は 茶 事の 道 は 心得ぬ 人な り。 もし か, -る事 有なら は 速に 出 1 へて、 せっかく 巾 入 候へ ども、 折恶数 火事の 沙汰な り。 お 1 o lit リ rti リ リ 入 リ 製禁 X 1 禁 1 のな 常 に u 北 ま琅談 にても. にせぐ. 手近く は 人 參熊膽 テリア 力 ヲクリ カン キリの 類 蟹 物なら ざる は 稀な り。 傲むべき 第一な り。 五穀の 豐執 近年に 見ざる 程な り。 氣候和 順なる 故に や、 脚 氣中暑 下痢 等の 病 無 にん みんけん こ れい こ きっきょうく わふく あ ひした が し f く、 人民 堅固に て、 例の 夏に 異なり。 されば 吉凶 禍福 は 相隨ふ 物に て, 九州の 死亡 程 は 天下に て有餘 有け るに や。 煙草の 葉に 似たり。 》 らうた, フ ば發 狂して、 三日 許 はさめす とい ふ。 ドウ タウと は 莨 奢の 事に や。 其 形 j:gr 如此に 香道 具の 火 あじ てつ そのつ は めぐり もしび かわ す もしゃ、? の ごとく 鐵 にて 作り, 其 II; の 廻に 藥を附 て、 燃 火に てあぶり 乾かし. 水精 をき しるに, や はら か ざんじ ほら つ は なる 甚柔 にして、 暫時に 何事 にても 膨 るくな り。 其 IK に大 なる も 有り, 小成 も 有り• 又 き. かの くす h- す. も- 1 は, 哲 時に 其穴大 になり て, いか 程 にても 細工 を 施すべき なり。 水精の 器物に、 彫物 卷之四 101 北 窓瓊談 loo 安永 已亥. っじ もつ でき レゅ. フ よ ひ -, 一 にある 民屋、 皆 同時に 沒溺 し、 島 原に て 死亡の 人 凡 三 萬餘、 肥 後 にても 一 ー萬餘 人と い へ しょこく じゅん おび lr、 レ は 、つ かいち,.. ' ち ひ 3 し しゅつ ゆん り。 その外 諸國皆 それに 準じて 夥 しき 死亡な り。 二三 月頃に は 九州 您體 地震 甚 しく、 肥 前 は 別して 强く、 1 日の 間に 四十 六 度 震 ひし 事 も 1? : ける。 四月 朔日 大破の 時 せつ ねつ ざ,? 9 ほ か, 3 やが わ 節 は, 島 原の 地甚 熱し, 草履に て は 歩行な りが たく 有しが、 頓て山 破れ 火 出しと ぞ きんぺん さ,? く いづ 11 はか i けんぶつ 其 前に 島 原 近邊の 草木、 一 夜の 間に 何れの 木 も 俄に 花 みだれ, 人 皆 見物に 出し 程な 5 つまの 元の 謝宗 可の 茶宪の 詩と て, 朱 文 公家 鱧の 註に 見えし 君 一 節 瑩無. 瑕、 夜 聽,, 松風, 漱,, 玉 華; 萬縷引 k 歸-, 蟹眼; 半 瓶 飛 雪 起-龍 牙: ひぜんの くに- ん せんが だけ もえ す じつ ぢ しんお び li ゾ 寬政四 年 壬 子 1 一月 肥,, 1 國: 富 仙 嶽大に 火 燃て, 數日 地震 夥 しかりし。 同 四月 朔 日の 夜 戌 刻 過. , じ わ ね や あく 聲閉 えし。 , (-持 渡る。 よく 膿た る 腫物の 口 潰 たる 時に、 此 石を瘡 口に 《。 w れば よく 膿汁 を 吸 ふ。 膿盡れ ば 石お のづ から 落るな り。 右 を 水中に 入 るれば, 吸た る 膿 を こと かひの ぶお き ちょ じ A つ tt か. ゆでつ すき むかし かんの ラ it に 麟數 奇人に て、 其 行 昔め き、 堪能の 名高 かりし も 實とぞ 思 はる。 :K 形 鼠に 似て、 大さ 鋤より 大 なり。 潮の みに 限らす. 'のみや. 伏 見 御 香 宮の祌 主 三 木 伊一 0- 守 は. つ はい. 風 吹 日 も 雨 降 日 も, 忘 ことなく 位高き 人の、 供 びミ めしつれ はくち ミ すあし す ものく. 寄 舟 戀 宗 碩 連歌師 , J がれ 行 舟 流した る 思して、 よらむ かた 無き 君ぞ つれな き。 月 前 雁 宗閑 能 登 き, - 初る 雲井の 膈の聲 よりも、 驚かれぬ る 月の 影 かな。 稳 昭月庵 白鷺の 雲井 はるかに 飛 消て、 おのが 羽, 〕 ほす 雪の あけ ほの。 一 t : 初逢戀 4 正 廣 世, 日頃 垂ト云 钩廉の 外に ひとり や 月の 更 ぬらん, 日頃の 袖の なみだ 尋ねて。 卷之四 八 七 北 窓瓚談 八 六 る 心 雜話 等 記し-;. : る 書 也ニ卷. 此 寺の 寶 物の 一 ッ なる を 失たり とい はんもい か、 V なりと いつよ しふ た,、 しわ、. 'しき ,つせ をし かぎり ' らリ て、 惧 りて 人を誣 るな り。 但黃 鐘の 古 鐘の 失たり し は惜き 事の 限な り 其 後年へ て浪 くわ かね あくた い ものし あらた 華の 古き 事よ く 知れる 人に 間し に. 今の 鍾は 一 一 百年 前芥五 郞右衞 門と いふ 靖物師 の 新 に, て、 六 時 堂の 前に 懸 たるな りと ぞ。 天地の 自然に 任 すれば 左 卷 なり。 是は 日夜 天の 左旋 する ゆ ゑに, 天の 氣に 引れ て 左に まと ふなり。 s;; おんき のせ , i ム永 貞德の 著述の 啓に 戴 恩 記と いふ ありて, 貞德 生涯 恩義 を 蒙りし 事 を 載られた りと しゅい ちが ミく か. フ ff ぞ。 お 三 ッ またの 所 は茶淸 淨 にて 域た る やうに おける。 此事善 左衞門 親類 S 嘉右衞 門 物語な りき。 なから. ,' し S そうしゅ めいい 一 泉 州境の 醫に半 井宗珠 とい へ る 人 あり。 三 四 代ば かり 前の 宗珠、 名醫 W 名 高 か りし。 或 夜 一老 婆來 りて. 某 村の 者に 候。 执如 If なる 病ぞと 問に, 彼 婆聲を ひそめ、 我 子 盗賊の くせ ありて 難 y おん,、. あはれ 君の 御 藥を與 へ 賜りて, 此 くせ 治し 候 やうに と餘條 なく 賴 みけれ し. も あらぬ 者に 先生の 藥を與 へ 給 ふ は 如 列 にと いふに、 宗珠 答へ て 我は醫 案の 附 たれば 藥を與 へたり。 汝等も 稽古の 爲に考 へ 見よ とい はれし かど, 皆 思 ひよ る こ ひさ ひ はいの ざ-,. ' ベく も あらす。 ひたすらに 乞 問ければ, されば とよ, 我 は 肺臓 を 乾かす 藥を與 へたり つね.

次の

干しいもこの彼氏や仕事・大学は?年収・本名や韓国人の噂についても!|YouTuber Navi

干しいもこ ましやま

あたしはそれを克服するために自分で調べてわからなければ担任に聞いてます・担任は授業を楽しみながら進める。 日々たんでんをつむとか修行などする場合に使われる言葉にあるようにこれはかんげんを意味してるのです・湿邪により気が不足してしまった場合の治療ですが。 かんげんを暖めること。 またはそこに手を重ねて深呼吸を10回ゆっくり行うことで源気をとりもどし精神活動にも活気がわきます・同時に肝や脾。 心にもうるおいがもどり不眠や頭痛などの湿邪が起こした影響の経絡病も治ります・頭痛などを東洋医学では経絡が走ってるところとおかされた臓器との関連が深くかかわるために経絡病と言われてます・精神を整えるつぼは足の親指と人差し指の骨が交わる部にあるたいしょうというつぼです・そこもかんげんと同じく暖める。 冷え持ちの場合は靴下をはいて寝ると暖めることから陽気が入り回復するとあります・たいしょうは肝の経絡の源気をためてるので湿邪は足からおそうために肝の気もやぶるので不眠などもきたしやすくなるのです・たまにはマッサージや針灸でリラックスするのもいいですよ・治療因をたずねてみるのも心の回復をたかめます😄• 免許持ちなら5日以内に厚生労働大臣に郵送にて返納しないと30万円以下の罰金になるきびしいものがあります・担任いわくやはり完治めざさないとならないからきついですが人をいやす仕事にあこがれてましたからのりきりたいですね・ただ不安はあります・もこさんやがりさんもみなさん無理しないでくださいね・あたしも無理しないように担任や彼氏を信じて前向きにいきたいと思います・ちなみに梅雨は東洋医学的に湿邪といい。 特に神経痛や関節痛持ちには足から邪気が入りこむので足の痛みが起きやすくなります。 たとえばヘルニアによる座骨神経痛が代表的にあげられます・あとはみなさんのように脾を湿邪がおそうためにその元である肝もやられてしまうので精神をつかさどるこの二つの源気が失われてしまうから鬱などになるという概念があります• あたしは二つ担任に補修お願いしたいと決め手クラスメイトにも聞いたら「あなたは受けなくていいよ。 できるんだから」と言われて傷つきました・一日空元気で過ごしたのでつらかった・なぜ同じ目標めざしてるクラスメイトなのにそんなねたみっぽく言われなきゃならないの?って思ったし去年も同じように同じ人から言われたんです。 ひどくありませんか・しかも鬱を再発させるような言い方してくるし。 なんかあたしの鬱再発を楽しんでるようにしか思えずつらいし。 あたし。 楽しくありませんよ・明日担任にいうか迷い中です・• さんいんこうというつぼをおしてます・針でもいいけどすごーくひびくからいやなので指圧にしました・これでもだめなら他のつぼもためしてみようと思います・つぼもわからないと針できないし治療効果出ないと意味ありませんからね・つぼとかはおもに中国からきてますからあたしも最初はさっぱりでしたよ・後は解剖などの西洋医学も習ってます・普通の医者と同じ勉強をしてますから大変ではありますよ・でも今の担任にしりあってからは難しく思えないほど楽しいんですよ・わかりやすく教えてくれますからね。 対人恐怖も持ってますが。 今の担任が日記をおすすめしたおかげもあり。 会話なども少しずつまわりとはできるようにはなりましたよ・という感じでよろしくです• 勉強と恋愛の両立… ちろはちょうどその頃に、病気に😢勉強が大変なのに彼氏は毎日くる。 勉強していればいいとか言って、ゲームしていたり…結局、利用されていたんだよね😠それから勉強に手が付かなくなって、人を信用できなくなって、そのうち、箸が持てなくなったり、勝手に涙出たり震えたりおかしなと感じつつ親に精神科連れて行かれた💦無事国家試験合格しましたが… やまもっちゃんさんも頑張って下さいね💪• 勉強と恋愛の両立… ちろはちょうどその頃に、病気に😢勉強が大変なのに彼氏は毎日くる。 勉強していればいいとか言って、ゲームしていたり…結局、利用されていたんだよね😠それから勉強に手が付かなくなって、人を信用できなくなって、そのうち、箸が持てなくなったり、勝手に涙出たり震えたりおかしなと感じつつ親に精神科連れて行かれた💦無事国家試験合格しましたが… やまもっちゃんさんも頑張って下さいね💪• ちょいせつないですね・でもさむらいってかっこいいな😄くるみさんはまじめですね・mjの死はコンパンメント症候群という筋および骨の病気で治療薬を大量ふくようによるものらしいですよ・ちなみにモルヒネようですから麻薬の一種であり心筋梗塞などの心疾患に用いる薬と同じ種類でもあります。 日本では麻薬とりしまり法で定められてる薬のため米国のように個人でのとうよは禁止されていて病院のみでの使用とされてます・mjはちなみに精神安定剤もふくようしていたそうですよ・薬は怖いですね・鍼灸師になるにも薬のことも習います・難しかったならすみませんね• すみません、自分は対人恐怖症でも何もないのですが、お聞きしたい事がありまして・・・。 主さんありがとうございました。 納得しました。 そうですね、その人、こちらみたいにあたたかく皆さんで会話されているスレを見付けて、安心した気持ちで楽しめる日が来る事を信じます。 ご丁寧な返答をありがとうございました。 失礼しました。 まわりは迷惑だろうねとかづけづけ言われていらついてビール飲んだら下痢ぎみだし最悪です・つらいけど学校行ってきます😲鬱とかは。 甘えでしょうか。 逃げなのでしょうか・そのようなことも言われましたからー・• すみません、自分は対人恐怖症でも何もないのですが、お聞きしたい事がありまして・・・。 ある方が、すごく人が怖い、過去に恥ずかしい体験をした、という話で、いくつかの雑談スレ 新 に行かれるんですが、心境的に、人に話すのが恥ずかしい体験談を、普通の雑談スレで、すらすら告白できるものなのでしょうか? 純粋にお聞きしたいだけなので、誤解しないでください、すみません。 主さんのスレみたいな場所に普通は安心して行きたいんではないだろうか、不思議な人だ、と思いまして。 突然すみません、その人がスレ主に対してからかいとかでなく、本当に人恋しいだけなんだろな、て信じたいし、ついここへ。 かなり女の人にとってはつらい話の内容を、洗いざらいカキコミしていて驚いたしで。 失礼な質問なのは承知で・・・お願いします。 (恐縮です)•

次の

こころに病を持つ人たちの集い場71

干しいもこ ましやま

Contents• 干しいもこの年齢・本名・身長・大学などのプロフィール 年齢 干しいもこさんの 生年月日は1995年2月20日で、年齢は25歳です。 ツイッターのプロフィール欄に生年月日が書かれていますし、動画内でも語られています。 大学生と言われても違和感がないくらい若く見えますよね。 身長と体重 身長は160cmです。 小柄な女性のイメージだったので、意外と背が高くて驚きました。 ずっと158cmだと思っていたらいつの間にかに160cmに伸びていたそうです。 158cmでいたかったそうなので、身長は高くない方がいいと思っているみたいですね。 体重については、動画で計っていましたが、1ヶ月で6キロ太ったということだけで具体的な重さは公開されませんでした。 1ヶ月で6キロ太るというのは相当ですよね。 ただ、 動画で見ても結構細く見えるので、体重は50キロくらいではないでしょうか。 本名 干しいもこさんの 本名は「りな」です。 本名は分かりませんでしたが、 彼氏の「ましやま」さんとのコラボ動画で本名が「りな」ということが発覚しました。 「ましやま」さんの方が年下であるため、「りなさん」とさん付けで呼んでいるみたいですね。 出身地や大学 熊本県出身で高校まで熊本に住んでいたそうです。 大学は福岡県の大学を卒業したそうですよ。 大学時代はハンドベル部に所属していましたが、すぐに幽霊部員になってしまったそうですw 干しいもこの名前の由来 最初は「さつまいもこ」にしようと思っていたそうですが、セブンイレブンに同じ名前の商品があってやめたそうです。 当時、干物生活をしていたので、「干物」と「さつまいもこ」を合わせて、「干しいもこ」にしたそうですよ。 YouTubeを始めたきっかけ YouTubeを始めたきっかけは、 干しいもこさんのチャンネルは、今までに約300万回再生されています。 YouTubeでの収入は、1再生当たり0.05~0.1円くらいと言われています。 とすると、 干しいもこさんのYouTubeでの収入は15万円~30万円くらいとなります。 また、干しいもこさんは清掃業のパートをしているので、そちらの収入もあります。 清掃業の収入は手取りで月収14万円と語っていたので、額面を17万円で計算すると年収は約200万円となります。 YouTubeでの収入と清掃業の収入を合わせると、年収230万円~260万円となります。 YouTubeのチャンネル登録者数が凄いスピードで増えているので、年収もこれからどんどん上がっていきそうですね! 干しいもこが韓国人という噂について.

次の