馬を水辺につれていけても水を飲ませることはできない。 馬を水辺につれていけても水を飲ませることはできない : 2020年6月には結婚してる@婚活終了婚活成功ミナトログ

アドラー心理学

馬を水辺につれていけても水を飲ませることはできない

『馬を水辺につれていけても水を飲ませることはできない』。 本人にその気がないのに、周囲の人間が気を揉んだり強制しても無駄であるというたとえ、だそう。 アドラー心理学の本有名だけど、読んだことなくて。 でも、この言葉でめちゃくちゃ興味が湧いた。 結婚もそうだと思う。 本人の強い意思がなければ。 覚悟がなければ。 水は自ら飲んでくれない。 毒かもしれないと思って飲まない者もいるし。 安全であることを示さないと。 喉渇いてねえしって飲まない者もいるし。 別の場所でしか飲めない者もいるし。 飲んでと頼んでも、逆に人に言われたら余計反発心わく天邪鬼な者もいるし。 そもそも、男性、指示・コントロールされたくない人多いよね…。 彼のペースでいくしかない。 焦ったら終わる。 本当に終わる。

次の

水を飲まない馬

馬を水辺につれていけても水を飲ませることはできない

結構社会に出ると 人を変えられると過信しているアホが多いことに気づきます。 「勉強になります!」 なんて言葉の多くは刺さっていない時に 用いられているし、 早く話おわんねーかなって思っているでしょう。 でも話す側はいいことをした気持ちで満たされて、 また調子に乗るわけです。 言葉をかけるなってことじゃないですよ。 でも俺はありがたい言葉を言っている。 あいつを変えてやっているなんて おこがましいことを思ってはいけないって話なんです。 「あいつは俺の言葉でかわった」 なんていう人もいるでしょう。 本当ですか? もし人を変えられると思う人は 他人から何か言われた時に 自分がどれだけ変わることができるかを 考えてみてください。 変われないんですよ。 もちろん変わるための小さな小さな種くらいにはなっていますが、 そんなもんなんです。 馬を水辺に連れて行くことはできても、 水を飲ませることはできない 方向性を促したり、 水って美味しいんだよって教えることはできても 結局のところ最終的に水を飲むか飲まないかは 本人次第なんですよね。 本当に相手のことを思うなら、 相手を今変えようなんて思わず、 水辺の場所とか、喉が渇いた時は水を飲むといいよって 情報をそっと置いておいてあげる。 「必要な時に使ってね。 もしかしたらあなたには必要ないかもしれないし、 もっと素敵な答えがあるかもしれないけど。

次の

しんあい学育塾 □学習うらばなし2□ 馬に水を飲ませる話

馬を水辺につれていけても水を飲ませることはできない

『馬を水辺につれていけても水を飲ませることはできない』とは、本人にその気がないのに、周囲の人間が気を揉んだり強制しても無駄であるというたとえ。 英語の『You may lead a horse to the water, but you can't make him drink』からきています。 ドラマ『孤独のグルメ』の中にちらりと登場したことのあることわざでもあります。 もともと天の邪鬼というか、素直な性格ではなかったので、この言葉が妙にしみいります。 子育てが始まってからはまさしくこの言葉通りだなぁと思いますねぇ。 振り返ってみると、勉強や楽器などの習い事もそうでした。 やる気もないのにだらだらと時間だけかけた練習よりも、きちんと意識して短くした練習のほうがはるかに効率がよかった。 そういえば、母は子どもたちにはたくさん本を読んで欲しかったらしく、これ見よがしにたくさんの絵本や伝記、物語を買いこんでいたのですが、読んだのは私だけ。 一つ年下の弟は本を手に取ることすらしませんでした。 まったく興味がなかったのでしょう。 その後、ゲームにはまりこんだ彼はそのおかげで『三国志』や日本の武将にとても精通することになるのですが、それまでの間は野山や川で遊ぶほうが好きだったようです。 母は息子がやっと何かに興味を持ったと思ったらゲーム三昧なので、一度だけ「漫画でいいから本を読んでちょうだい」とお願いしたそうです。 そして、思春期を迎えた彼は本当に漫画にのめりこむことになりましたが、母にそう言われたときは、きょとんとしていたそうです。 でも、漫画にしろゲームにしろ、好きになった弟の熱意ときたらたいしたもので、彼いわくそこから得た知識は大きいそうです。 やはり、本人のやる気がどこにどう向くかで人生変わるものなんでしょうね。 夫もまだ1歳の息子に「俺みたいに陸上やってくれないかなぁ。 この足は陸上選手向きだと思うんだけどなぁ」と、ぶつぶつ言っていますが、本人がやりたいって思うことが第一ですわね。

次の