君 が ため 惜しから ざり し 命 さ へ 長く も が な と 思 ひける かな 意味。 【百人一首講座】君がため惜しからざりし命さへ ながくもがなと思ひけるかな─藤原義孝 京都せんべい おかき専門店【長岡京小倉山荘】

君がため 惜しからざりし 命さへ ながくもがなと 思ひけるかな

君 が ため 惜しから ざり し 命 さ へ 長く も が な と 思 ひける かな 意味

メニュー• 読み物• 君がため 惜しからざりし 命さへ ながくもがなと 思ひけるかな ちょっと差がつく 『百人一首講座』 【2001年4月30日配信】[No. 023] 【今回の歌】 藤原義孝(50番) 『後拾遺集』恋二・669 君がため 惜しからざりし 命さへ ながくもがなと 思ひけるかな ゴールデンウィーク、皆さんは家族とどこかへ出かけられるでしょうか。 中には恋人と海外へ行くとか、遠距離恋愛の相手に会いに行く、なんてうらやましい人もいることでしょう。 想い人との逢瀬は本当に幸せなもの。 今回の歌は、前回に続いて、熱愛した人とはじめて想いを遂げた後の歌です。 現代語訳 あなたのためなら、捨てても惜しくはないと思っていた命でさえ、逢瀬を遂げた今となっては、(あなたと逢うために)できるだけ長くありたいと思うようになりました。 ことば 【君がため】 「あなたのため」という意味ですが、ここでは「あなたと逢うために」、という気持ちを表しています。 【惜しからざりし】 捨てても「惜しいとは思わなかった」の意味です。 「ざりし」の「し」は過去の助動詞「き」の連体形で。 「思わなかった」と過去の自分を思い描いています。 【命さへ】 「さへ」は「までも」の意味で、添加の副助詞。 「命までも」という意味になります。 【長くもがな】 「長くあってほしい」という意味で、「もがな」は願望の終助詞です。 かつては恋のためなら命を捨ててもいいと思っていたこの身だけれども、願いがかなった今はできるだけ命長らえ、あなたと長く逢いつづけていたい、という意味を含んでいます。 【思ひけるかな】 逢瀬を遂げた時から変わってきた気持ちに、今はじめて気が付いたということを意味しています。 作者 藤原義孝(ふじわらのよしたか。 954~974) 謙徳公伊尹(けんとくこうこれただ)の三男で、18歳で正五位下・右少将になりました。 「末の世にもさるべき人や出でおはしましがたからむ(今後もこのような人は現れないだろう)」と言われるほどの美男で人柄も良かったのですが、痘瘡(天然痘)にかかってわずか21歳の若さで死去しました。 鑑賞 前回の歌同様、激しい恋の情を表現した歌です。 詞書には「女のもとより帰りてつかはしける」とあります。 恋しい女性のもとに逢瀬に出かけて一夜を過ごし、帰った後に一首したためて贈った歌で、こうした歌のことを「後朝(きぬぎぬ)の歌」といいます。 激しく恋した女性に想いが通じ、はじめて一夜を過ごした後。 逢瀬がかなうまでは、この恋のためなら命を捨ててもいい、と思っていたけれど、一度相通ずればよりいっそう想いがつのり、今度はこの女性を愛するためになるべく長く生きていたいと願う。 恋の願いが叶った後に、自分の心境が大きく変わり、生きることへの喜びが生まれたことに気が付く歌です。 若い作者らしい初々しさも感じられますね。 ただ、この歌の作者が類まれな美貌と人柄を持ちながら21歳の若さで夭折したことを考えると、はかない運命の哀しさも感じられてしまいます。 撰者の定家は、もしかしたらこうした経緯も考えあわせてこの歌を選んだのかもしれません。 この歌とよく似た発想で作られた類想歌に紀友則の 命やは 何ぞは露の あだものを 逢ふにしかへば 惜しからなくに という歌があります。 「命がなんだ。 命など露のようにはかないもので、逢瀬できることと交換できるなら、惜しくなんかない」 という意味の歌ですが、この紀友則の歌には 音羽山 けさ越え来れば ほととぎす 梢遥かに 今ぞ鳴くなる というものがあります。 音羽山は現在の京都市山科区にある山で、清水寺の背後にあり、音羽の滝で知られています。 訪れる時には、JR東海道線大津駅から京津線に乗り換え、大谷駅で下車。 そこから東海自然歩道に沿って歩けば、1時間半ほどで山頂に到着します。 山頂からは大津市や琵琶湖、京都市街を見渡せますので軽いハイキングのつもりで出かけられると良いでしょう。 小倉山荘「メールマガジン」登録• 【特典1】メールマガジン会員様限定のクーポンなどをお送りいたします。 【特典2】新商品や無選別など販売情報をいち早くご案内いたします。 【特典3】京都情報や百人一首など特別コンテンツの配信いたします。

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050 藤原義孝 君がため

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ハシツアーズも感謝祭もSLT大阪もABC座もなーーーんにも消化出来てなくて、やっぱり上からガンガン詰め込まれて苦しい!って感じなので思ったことをとりあえずSLTの発売日までつらつら書いてみる。 本当はゆっくり一つ一つ味わいたいんだけれど上から詰め込まれ過ぎて改めて反芻するのすらちょっと大変なんだよねコレが。 ああやっぱりメモとか取っておけば良かったのかな~~!?これが後の祭りってやつなんですね、勉強になりました。 SLT代々木は発売されるし、まあ8月の頭のことだし、サックリは書いたからこれは割愛。 …って、ハシツアーズに関しては初日の次の日に観に行ったんだけれども、よく考えたらSLT代々木より前だったんだよね!うわーびっくり!!そうだったハシツアーズのが先だったよ! ハシツアーズといえば、印象的だったのはSLTの曲をいち早くはしちゃん一人でのパフォーマンスで観れたこと!! その数日後に五人揃ってのパフォーマンスをコンサートで観ることになるんだけど、それを前以て理解していてもすごく良かった。 一人でも五人の曲をここまでやれるんだ!みたいな。 去年のソロコンサートを観に行けていないから比較出来るものがないんだけども、はしちゃんが一人で五人の曲をやると、なんだか色が全然変わって見えるというか。 Fantastic Rideなんかはまさにそれで、五人だと色気の他にも茶目っ気があるように感じたんだけれど、はしちゃん一人でやるとなんかクラブに来ちゃったかな!?みたいな雰囲気のある仕上がりになっていて、凄いな…はしちゃんの持つ空気感でこうなるんだろうなと、驚いたものでした。 One by one~Dance! ~ヘイジーラブの流れとか、毎公演涎が出るんじゃないかってくらいテンションが上がったし、わたしが見たい橋本良亮くんはこっちの雰囲気だなー!と思ったものです。 バラードも好きなんだけど、はしちゃんの声でテンポの良いスミュージック歌われたらブチ上がるしかないでしょうに!! といいつつも、Naturayとか聴き入っちゃったな。 スがまた、マイクスタンドを使うものになっていて凄く格好良かった。 しかも、そこからCrazy about youに続く流れがもう…もうね…素晴らしかった。 はしちゃんの雰囲気や体躯を活かしたザ・ジャニーズ!って感じの衣装をいっぱい作ってもらえた!っていうのもハシツアーズの見所だったなぁ。 五関担としては、五関さんの振り付けだな〜って感じる部分とかを見つけて楽しんだりするところもあったりして。 ハシツアーズ、とても好きだったけれど、もし次にはしちゃんのソロコンがあるなら五関さんに限らずメンバーの意見とかを取り入れずにはしちゃん一人で考えて練った世界観が観たいなぁと思った。 はしちゃんの内面から溢れたものを真っ直ぐ観てみたいから。 個人的には、はしちゃんのファンの方とはしちゃんの触れ合いが可愛くて可愛くて仕方なくて、アリーナをぐるっと回りながら歌う時とか眺めては幸せな気分になりました。 お互い大好きなんだな…かわいいな…って。 ファンサする方もされる方も可愛くて、なんかこっちまで幸せになるからはしちゃんと橋本担が好きです、わたし。 そして橋リカちゃん、塚リカちゃん、ごせ子を何故かハシツアーズでコンプリートした。 執念の勝利だと思う。 ごせ子出てきた時ちょっと泣いた… スポブラにTシャツの裾をしまい込んで腹を出す…というズボラごせ子だったのが面白かった。 さてお次の感謝祭。 感謝祭という名のイベントに行ってきました。 初仙台がまさかコンサートでも旅行でもなく、ファンミだとは! 今迄の自分だったら、こうやってわざわざ足を伸ばしてまでファンミとかに行こう!とそもそも思わなかったと思うので、改めてってなんだか自分にとっては特別なんだなぁと思った次第です。 あまり天気も良くなかったですが、初めてのファンミ、初めての仙台、どっちも緊張でいっぱいのまま東京を出発しました。 新幹線に乗りながら「これから五関さんとはしちゃんと戸塚さんを間近に見てしまうんだなぁ…」と思い、なんというかジャニオタ人生それなりに長いけれどこうした接触するようなイベントとかには参加した試しがなく、想像しようにもぼや〜っとしか思い浮かべる事が出来ず、とにかく実感がわきませんでした。 名古屋での感謝祭のレポをで流れてくるままに読みながら、どうやら握手する時間があるというとんでもない情報を得てしまい。 五関さんと握手してどうなるのか?どうなってしまうのか?そもそも握手なんて出来るのか!?と、その時点で約一カ月後ぐらいだった仙台の感謝祭に向けてハラハラの日々だった訳です。 五関さんに言いたい事ってなんだろう? それが何より一番困るというか、なんて言ったらいいんだろうってひたすら考えていて。 五関さんの事がとても、大好きで。 言うまでもなく一方通行だったその気持ちを、伝えるチャンスが降ってきてしまって。 いざ「好きです」と伝えるにも、覚悟やらがいるんだなぁと思い知りました。 五関さんに言いたい事は、ひとまず何より好きなところを伝える、って事に落ち着いて。 一番好きなところを伝えて、そしてもう一つ五関さんの大好きなポイントに、触れられたら嬉しいな…なんて大それた事を考えてしまっていました。 その大好きなポイントというのが腕毛だった訳です。 見えたら嬉しくて、五関さん自身のことと同じくらい五関さんの腕毛についてよく考えてしまうくらい大好きで。 さてこの感謝祭、席がありまして。 なんというか幸運なことに、ここで今年の運を全て使い果たしてしまったんではないのか!?ってくらいに良い席を頂きまして。 真ん中の方の席だったのですが、ステージが近くて、なんていうかこう…み、見下ろされる…みたいな…。 こんな幸運あるのか!?という感じのお席でした。 会場に入ると、の色んな今までのMVが流れていて。 左右にはSTAR LINEのみたいな星の垂れ幕が下がっていました。 首が痛くなるくらい見上げる席ではありましたが、もう近くて近くて、どうしていいやらさっぱりわからずにソワソワしながら席について、ちょっと立って、座ってみて…みたいな、とにかく通知表に「落ち着きがない」と書かれてしまいそうなくらい落ち着いていられませんでした。 最終的には座って、首をやや痛めながらMVを観ていて。 ああ、今からあそこに五関さんとはしちゃんと戸塚さんが… と思ってはまたソワソワして…。 会場にいるファンに向けてスタッフさんからのアナウンスが流れると神妙になって聞き入って、目だけはMVを凝視して…なんてやっていたら、前説?みたいな方が出ていらっしゃったので拍手で出迎えると、なんと拍手の練習は無しでオッケーに!確かに、みんな知ってたの!?ってくらいに拍手が盛大だった。 えび担すごい。 前説の方が「それではどうぞ〜! 曖昧 」と促して、遂に遂に、五関さんとはしちゃんと戸塚さんがステージに登場した訳です!! 感謝祭の内容はメモなんか取れる訳もなくハッキリと覚えていないので自分が覚えていた部分だけザッと書いておきます。 五関さんは白のオーバーサイズのTシャツの上に同じくらいぶかぶかのダメージ加工されている白のニット。 白だけどオフホワイトみたいな感じではなくて、何方かと言えば生成りっぽい感じかな…?裾からチラチラと白Tシャツが覗くのがなんだかエロい。 肩のラインがはっきりくっきりわかるのがなんかもう酷い、いっそ酷いくらいに格好良い。 ボトムは黒のスキニーで、こちらもダメージ加工されているもの。 泣ける話をすると五関さんはスキニーパンツが余るほど痩せてた。 脚が細すぎてスキニーが負けてた。 普通、スキニーって勝負とかしてないけど、 スキニーvs五関の脚という戦いにおいて圧倒的に五関さんが勝っていた。 恐ろしいまでの脚の細さ。 そしてスッピン。 あからさまなスッピン。 またはノーメイク。 素のままの五関さん。 肌が少し荒れていて、忙しいのかなぁ食生活が不安定なのかなぁ…寝れ…てはいるだろうなぁ…といった感じ。 ほうれい線がクッキリで、尚且つ頰が痩けていて、総括するとめっちゃ痩せてた。 そりゃ自分で太りたい!って言うよねってくらいに痩せてた。 あと大事なことなんですけど、五関さんの腕毛が綺麗さっぱり無くなっていました。 腕毛だけじゃなくて指毛も無くなってた。 前述したとおり、わたしは腕毛に触らせて頂けないかなぁ…あの大好きな腕毛に…って思い、思い詰めながら仙台まで来たので、五関さんが着ているニットが肘くらいまでの袖だったのを見た瞬間は「やった!触れないにしろ、間近で見ることは出来る!」って喜んだんです。 待ちに待った五関さんの姿に手が痛くなるくらいに拍手をしながら、ライトの下にくる五関さんを見て、ふと、気付きました。 五関さんの腕に毛が生えてない それに気づいた瞬間頭の中が真っ白になってしまって、登場の時のはしちゃんと戸塚さんの事を全く覚えてないのが不覚ではありますが。 とにかくもう恐ろしいまでのつるつる加減に真っ青になり、なんなら会えた嬉しさよりも腕毛がないショックで泣きそうになりながら というかすいません泣いてました 波乱の感謝祭がスタートしたのです。 五関さんは普段はどちらかといえば自分から喋り出す方ではないし、話を回すタイプでもないので、果たしてどうなるやら…とややハラハラする気持ちもあったのですが、完全に杞憂でした。 五関さん、すごい楽しそうに喋っていてわたしもすごく楽しかったです。 トークやコーナーをはしちゃんが回してくれているのを微笑ましくサポートしていて、戸塚さんがテンション上がってはしゃぐのを笑いながら窘めていて、なんていうかお兄ちゃんしてるな〜〜!!!!って感じでした。 レポみたいなのは全く出来ないくらい普通に楽しんでしまったのですが。 大縄跳びで縄を回す人になったときに縄の端っこが多少剥き出しの紐っぽくなっていたのか、その端っこの部分がニットのダメージ加工の部分に引っかかってしまって。 笑 わたわたしながらそれを外して、加工の部分をたしーん!って叩いていたのが一番可愛い五関さんでした。 叩いても直らないよ! 洋服をどこで買ったか聞かれて半笑いで「おようふくやさんでーす」って答えていた五関さんは完全におふざけスイッチ入れていたし… そんなこんなで アッ という間に握手だよのコーナーが来てしまって、本当にあるんだ…って怯えて、最前列にいてしまったもんだから即握手列に並ばされて、なんだ…?今から屠殺されるの…?ってくらい顔が真っ青になってて、血の気が引いて指先の感覚がなくなってめちゃくちゃ焦りました。 はしちゃんは「ハイタッチみたいにサッと終わるやつじゃない、ちゃんと握手だから」 意訳 的な事を言っていたけど、ごめんそれ逆効果だ。 握手会ってどこでやるの?って思ってたら会場を出てすぐのロビーから出口まで一直線に並ぶ感じになってて、えっこんな普通にロビー的なところなんだ…って吃驚しました。 なんかもっとちゃんと? した列的なものがあるんじゃないのかよ!剥き出しかよ!って思いながら進んだら三人が見えて心臓が止まりそうになった。 気分はさしずめ死刑囚。 あそこ行ったらわたし死ぬ。 わかってるのに列は進む。 もともと大して前に人がいなかったから、体感よりもっと早かったとは思う。 さあ次がわたしの番、となってはしちゃんの目の前に立った瞬間に全ての言葉を忘れた。 あまりの可愛さと手のあったかさで。 あの時氷のように冷たかったであろうわたしの手をしっかり握ってくれてありがとう…顔面はどうにもならないけど手がもっと可愛けりゃよかったのにとコンマ1秒で後悔した。 はしちゃん可愛かった。 わたしが波打ちバングルつけていたの気付いて、ハッ!として 「これ、これね〜おれ!おれだよ!おれの〜〜」って駄々っ子みたいな声で言ってくれたの可愛すぎて大変だった。 おれが作ったんだよって言いたかったんだろうけど、みたいになってたのも可愛かった。 剥がしのお姉さんに次行けされてるのに、カレンダーのおまけのシュシュまで発見してくれて 「!!これも!おれ!」って言ってて手を離してくれなかったの忘れないよ…風前の灯火になってた命が完全に吹き消されたよね。 話の順番前後してわかりづらいけど 戸塚さんは五関さんの次だったから、もう本当に申し訳ないけど言おうかなと思ってたことが全部吹っ飛んだ状態で、前の子を見送ってからアメリカンな感じで? 手を差し伸べてくれた戸塚さんの手を握力2くらいの力で握ることしか出来なくて、今思い出してもちゃんと考えてきたことが言えなかったのダメじゃんって頭まで布団被りたくなるんだけど。 戸塚さんからぎゅっと手を握り返してくれたことで我に返って「アノ、ソロ、V、好キデス」ってめちゃくちゃカチカチになった状態で言った。 今でもこの時Vのこと言えて本当よかった!って布団から飛び出すテンションで思う。 何故かというと、それを伝えた時に一瞬驚いた顔をしてから、嬉しそうに笑ってくれたんだよね、戸塚さんは。 で、その笑顔のまま 「ありがとう」って言ってくれたから、ああ良かった…ってホッとした。 アルバムのなかでも聴いてます!? って言ったあたりで剥がしのお姉さんに促されたので手を離そうとしたら 「聴いてね!」っていい笑顔の戸塚さんにサムズアップしていただいて。 いや聴いてるよ…?だから好きって言ったんだよ…?って首を捻りながら会場を出ました。 会場を出た瞬間にさっきの五関さんの事を思い出して震えが止まらなくなって友達に電話して声聞いた瞬間に号泣かましたのも良い思い出です…… 遠い目 五関さんとの握手の時は本当に本当に声が震えて仕方なくて、多分手も震えてて、もう目の前にいるのにそれが信じられなくて、どうしていいかわからなくてガクガクしながら手を差し出したら五関さんも手を出してくれて、なんか側から見たら何してんだよwwwって感じだったと思うんだけど、まあそんなこんなで、言おうと思ってた事はちゃんと言えました。 良かった。 人生で一番声にビブラートかかってたと思うから五関さんが聞き取れていたかはわからないけど、聞き取れていたと信じている!!! 言った言葉はもう思い出すだけで悶絶必死だから書かないけども。 五関さんと握手してる最中も五関さんのつるつるの腕が目に入ると「う、腕毛がない… 泣 」ってなっていたことと、当初のほんの少しでもあの大好きな腕毛に触れられたらいいなぁ…的な望みがバッサリ切り捨てられてしまったショックもあり、何を思ったか今となっては本当に自分でも全くわからないんだけど、五関さんに 「だめだったら良いんですけど前髪に触らせてもらえませんか…」 ってお願いをしていたんですよねわたしは。 なーーーーーーにを言ってんだってセルフツッコミする余裕もなく、多分さっきより顔面蒼白通り越して死相が出ていたんじゃないかって顔してましたねわたしは。 こんなこと言われた五関さんは「意外なこと言われた」的な面白がる顔して笑って 「ん?…いいよ」 ってね!!!!?顔を傾けて前髪をちょろ〜んとわたしの前に出してくれたんですよ意味わからん!!!!! 仏か?!本当に何させてんだろうわたしまじでタイムマシンあったらあの時のわたしの思考回路覗きに行きたいなんで前髪にいっちゃったんだよーーーーーーーー!!!! で、触らせてくださいって言ったら普通は指先でそっと触れるくらいだとわかってるんだけど、前髪の出され方がちょろ〜んって…なってたから…何を思ったかわたしはその前髪の先っぽ? を そっ…と握ってしまって今思い出しても自己嫌悪が激しくてもうだめ死ぬって感じなんですけど五関さんは我慢出来ない感じで笑ってたから平謝りしたわたしのことを許してくれていたんだって信じてるよ… 信じてます… 2回目 すいませんとごめんなさいを早口で繰り返すわたしにいいよ〜 笑 って返してくれたあたりで確かお姉さんに剥がされたんだけど、五関さんの時だけはしちゃん戸塚さんに比べて時間が長かったような気がする…全身くまなく青だったからお姉さん気を使ってくれたのかな…? 五関さんの体毛が好きで好きで、もう焦がれてやまなかった体毛のなかでも大好きな毛髪に触れられて、なんていうか五関さんには感謝しかない。 腕毛がなかったショックの反動が大き過ぎたなって今でも思います。 大事なことだから書き記しておきたいのは、五関さんの前髪の感触は 干し藁握った感触に近かったってこと。 ノーセットヘアーで良かった…。 仙台に行ったのに牛タンを全く食べずにずんだシェイク二回飲んだ事も良い思い出です。 続いてSLT大阪!! 既にめちゃくちゃ長い文章になってて心折れそうだけど振り返らなきゃ容量あかないから仕方ない。 大阪に行ったのは人生で2回目、前回もそういえば一人で行ったなぁ。 夜行バスでのんびりのんびり向かって朝には着いて、化粧してグッズ並んで大阪の波打ちバングルをゲット。 金になってる〜〜わたしは金の方が好き〜〜!って金を早速着ける。 代々木でも買ったけど五関さんのうちわをもう一枚買う。 改めて眺めてもまあ〜〜格好よい。 でもコンサート中使わないんだけどね… 大阪に向けて、代々木の為に作ったうちわにさらに追加してもう一枚うちわを作製したんですよね。 ファンサうちわはやっぱり持てないなと思って、ファンレターうちわを。 感謝祭でも伝えた言葉を書いた面を表に、裏面は五関さんにあなたが一番!と伝えたい意を。 ただやっぱり恥ずかしくて 笑 基本的には名前うちわを持ってた。 大阪初日、オープニングで戸塚さんが髪を切っていて 「!!!!!!」ってなった。 たまたま戸塚さん側だったから五関さんより先に視界に入ったんだけど、目にした瞬間可愛さで叫んだ。 隣の友達の肩揺さぶって 「とっつー!髪!切ってるううう!」って叫んだような気がする。 どうだったかな…もしこの記憶が正しければ本当にごめん…でもちょっと正気を失うくらい可愛かった。 五関さんは相変わらずシング五関先生の振り付けをやってた。 可愛かった。 それ絶対やるよね…頑なに同一視されることを拒んでいるのにそういうとこあるよね… 二日目の昼がやっとバクステ側だったんだけど、ここで初めて五関さんのソロを正面から観れました。 代々木で観た時には、正直なんでこの会場でこの演出なんだろうって思った部分もあって、勿体無いな…っていうのがまず感想としてあったから。 だから、バクステ側で観た時に五関さんがどういうことをやりたかったのかがわかったような気がして、嬉しくて、そしてその演出がすごく良いものだと思えて、イントロというか五関さんが息を吸って歌い出す瞬間にぶわっと鳥肌が立って涙が出てきました。 いやぁ…なんていうか…あのソロ曲だったらもっとキザったらしい演出を持ってくるんじゃないかなと思っていたから、最初は意外に感じたんだけど、正面から観ると全然違うというか…曲としての盛り上げ方に注視したのかなって勝手に思った。 物語性みたいなものを予想していたのが良い意味で裏切られて、だからこそこちらの想像力は掻き立てられたよね。 全体的にソロ曲は全員バクステ側で観ることを想定して作られてる感じはあったから、この昼公演が一番観やすかったし良かったです。 はこのSLTで初めて入ったんだけど、代々木よりセットも演出も活きている感じがしたなぁ。 オーラスはステージを真横から観る!みたいな席だったんだけど、コンサート全公演を通しての見えていなかった部分、みたいなところを全部見れちゃうような席で良かったなぁ。 ジュニアがどうバックについてるのかとか、どのタイミングで出てきてるのか、とかオーラスまで全然見れてなかったもん… で五関さんのヘッドセットがごちゃってなって、一旦外して付け直して振り返ったら自分のパートにドンピシャのタイミングで歌い出す、みたいな神業も観れたし…!! これが場数踏んできた人の貫禄なのかな…みたいな、本当に真横からじゃなきゃ見れない景色がいっぱいあって楽しかった! 大阪のために作っていった激重ファンレターうちわは見事五関さんによって報われてくれて、作って良かったなぁと思いました。 コンサート全公演が終了して、その後「五関さんって本当に最高で最高で凄くない?」みたいな語彙力は城ホに置いてきたトークが出来たのも楽しかったなあ。 大阪から帰ってきたのが3日。 その2日後、ABC座。 いやいやいやいや。 体力バカかよ。 というか切り替え力はんぱないな!? 運が良く初日公演を観劇出来ることになったんだけど、まあ〜〜〜〜〜〜すんごい泣いた。 桂馬さんの殺陣シーンが始まったあたりからずっと泣いてた。 人間こんな泣けるんだ!?って思った。 「やっぱ俺、将棋好きだわ!」 とキャタナに立ち向かってゆく背中といい、応援屋メンバーの気持ちを受け取るあの決意に満ちた表情といい、苦悶しながらも戦う姿勢を崩さないさま、桂馬で王手をかけるあの瞬間。 「この瞬間のために、俺は生きてきたんだ!」 というあのセリフ。 あのセリフはもう駄目だった。 五関さんのステージに立つ姿がなにより好きだから、そのステージで、勝ち誇りながらスポットライトを浴びて、将棋人生の全てをそこに、その一手に込めるが如くのそのセリフに撃ち抜かれて。 桂馬さんと五関さんが重なって見えて。 しかもその瞬間、桂馬さんって笑顔なんだよね。 どこまでいっても将棋が好きで、好きなだけではいられないプロになっても華やかさなんてなく地味にただ盤と駒に向き合ってきて、その集大成とばかりに、その瞬間に、笑顔で勝利を掴みとるその姿は本当に格好良くて。 報われない日々もこの瞬間には敵わないというような、清々しい笑顔で。 黒丸桂馬、桂馬で王手!というナレーションの中でガッツポーズを決める桂馬さんは毎回涙で見送っていた。 五関さんじゃなければ桂馬さんは桂馬さんになれなかっただろうと思う。 ステージが五関さんの、桂馬さんの独壇場になるあのシーンがたまらなく好きで、何回観ても慣れることなく新鮮に号泣してた。 えび座中盤から、双眼鏡を構えながらハンカチで口元を隠す方法も編み出した。 笑 25日がわたしの五関担としての一周年で、しかも一番良い席がそこにきてしまって、なんていうかこのタイミングでこんな席が来るとかバレてんのかな…?って思いました。 誰に何がバレてんだかわかんないけれども。 初めて双眼鏡無しで全編通して観たのがこの日で、なんというか凄かった。 語彙力の欠如… それまでは双眼鏡を使って観る事ばかりだったから、自分の目だけで全部観れたのが嬉しくて。 ご縁があってセンター席と交換して頂いたから、そりゃあもう桂馬さんを堪能しきりでした。 ショータイムで恐ろしいばかりの僥倖があって、今後も五関さんを応援していくファンでいることを誓いました…未だに思い出すと震えるくらい幸せだったけど終わった後魂抜かれてる感じだったらしいから 五関さんは本当に恐ろしい。 26日昼がわたしの楽だったんだけど、桂馬で王手!のあのシーンがゼロズレだったから、近さは25日ほどなかったにしろ素晴らしかった。 桂馬さんを全て観た、って…なんかまだ千秋楽はあったのに、凄く満足してしまって。 最高の場所で、最高の楽を迎えられたからかな。 一つも悔いなくえび座を終われました。 10月はコンサートからえび座の流れで何にもしなくても三キロ痩せたから、五関さんがガリガリになるのも致し方ないよね…。 致し方ないとはいえ、飲んでもあのガリガリ具合はそれだけで涙出て来るのでやっぱり沢山食べてよく寝てほしい。 続いて公録。 ほんともううんざりするくらい長いな!!!!一気に振り返ろうとしたのがバカだったかな!?でもまあ仕方ない続けます。 まずはの方。 二部まであるうちの一部の方にあたりまして、行ってまいりました。 公開録音ってものに初めて行くから、念入りに必要なもの準備して行く先を調べて…ってやってたら、飯能ってわたしが住んでる場所から二時間もかかるの。 往復四時間。 もうね、遠征だよ。 プチ遠征。 前日に体調をやや崩してしまい不安な気持ちを抱えながら飯能へ。 まあ〜〜長かった。 でも長い道のりを乗り越えて行った意味がありました、公開録音。 公開録音ぶんは全てオンエアされたから言うけどのゴセキ記者、ネクタイをキリッと締めて黒縁眼鏡掛けてて。 出てきた瞬間に会場が阿鼻叫喚。 わたしも叫んだ。 のが、オンエアされてる。 恥ずかしい。 塚ちゃんと戸塚さんが割と近い席だったんだけど、塚ちゃんがホラー映画のワンシーンばりにいきなり グリンッて振り向くから何回か心臓止まったよわたしは。 その後手を振ってくれたのはラブソースゥイートって感じだったけども。 戸塚さんは凝視してくる感じで顔を向けるから申し訳ないけど目線を必死に逸らした。 怖かったよ、顔はバツグンに可愛かったけど。 と言いつつも基本五関さんしか見てなかったのでアレなんだけど、反応されたら喜んで、笑いながら喋って、って公開録音を楽しんでいるんだなぁと感じられる姿が見られたので、良かったです。 二部は外周?を回転寿司のレーンに乗るごとく、ぐるぐる回りながら観覧しました。 喋ってる内容とかは本当に断片だったからオンエアを楽しみにすることにして、ただひたすら五関さんを凝視してて。 あれ、いま目が合った?って思ったから何の気なしに手を振ってみたら五関さんも振り返してくれて普通にびっくりしてうわって顔を覆ってしまった… あれが自分に対してじゃないにしてもめちゃくちゃ嬉しかったしびっくりしたし、五関さんって自分のファン見つけるの大得意で可愛いなと思いました。 この公開録音の日はわたしの誕生日で、決まったその時は正直この日に公開録音が決まったことを恨みました。 だってコンサートとか、舞台とかならまだ外れても行けるチャンスは残されているけど、公開録音って外れたらもうダメじゃん…なんで公開録音なの…って。 今まで割と長くジャニオタやっているけど、自分の誕生日に好きなアーティストが公演をやった事がなくて。 生まれて初めての誕生日公演? が公開録音だなんてそりゃないよ!!酷い! 絶対行きたい!! 本音はコレ 結局、のFCからのお誕生日プレゼントだったのか見事に当たってくれまして、誕生日にに会える!公開録音を観る事ができる!となりました。 本当に本当に嬉しかった。 内容はやっぱりオンエアされてるし未公開の部分もあんまりネタバレは良くないらしいから書かないけども。 五関さんが登場した瞬間に「 きゃーー!! 髪切ってる〜〜〜〜〜〜!!!!!! 」ってなりました。 髪切ってる!の方を叫ばなくて良かった、土壇場で理性が働いた。 桂馬さんの時の長いちりちりが無くなって、綺麗にカットされてセットされた五関さんの御髪は本当に綺麗で、格好良くて。 朝が苦手な筈なのに、よくぞ起きて綺麗にセットしてきてくれましたね…って涙ぐんだり。 まあわたしも4時起きでしたけどね…眠かったし寒かったよ…。 賑やかで距離も近く、エッちゃんさんと仲良く喋ってる五人は可愛くて、エッちゃんさんもめっちゃ可愛くて、あっという間に終わってしまいました。 楽しかったなあ〜と思いながら会う人に祝ってもらったりして、今までで一番幸せな誕生日を過ごせたかもしれない。 公開録音はどちらも楽しかったから、次回があるならまた是非行ってみたい! …で、濃ゆい下半期だったなぁ…としみじみして。 公開録音から後はきっとカウコンまで五関さんがいる現場は無いだろうし…。 なんて、濃過ぎた故に疲労感も半端じゃなくて、まあゆっくりゆっくり消化して次に備えましょう、としていました。 していましたよ。 しばらく遊べるなーとか服買おうーとか思ってました。 ら、戸塚さんの誕生日にそのお知らせは飛び込んできましたね。 物語〜真実の恋〜 仰々しいタイトルの後に連なる第一弾出演者発表の文字、そして輝かんばかりにして目に飛び込んできたのが 「 五関晃一 」その人の名前でした。 この件についての喜びの声はもう衝動的に書いたから いいとして。 今年の公演は仕事の都合上恐らく99. 9パーセント行けないので、来年までネッドさんはお預けになってしまうわけで。 あまりにも辛くて嘆き悲しんでいたけど、五関さんが頑張っている時間わたしも頑張って仕事する!!って気持ちをなんとかね…切り替えようと…しています。 でも自分が観に行ける公演を大事にしようと思います、本当に。 こんなに幸せで良いのかなって思ってしまうくらい。 来月になればSLTも発売されることだし、超突貫で下半期を振り返ってみました。 を応援し始めてやっと一年、こんなに怒涛の一年になるとは去年思ってもみなかったなぁ。 お金は貯まらないけど、自分のなかで色々な変化があったりもして。 本当に楽しいです、を応援するの。 五関さんで間違いなかった、わたしは五関さんが好きなんだ、大好きなんだーーー!!!っていっぱい思った一年、今年残り少ないけれど充実させられるかは自分次第だと思うので、頑張りながら楽しみたいと思います。 cicadax.

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君がため 惜しからざりし命さへ 長くもがなと思ひけるかな

君 が ため 惜しから ざり し 命 さ へ 長く も が な と 思 ひける かな 意味

終助詞 終助詞 終助詞は、文や句の終りに用いて、疑問・詠嘆・禁止・願望などの意をあらわす助詞である。 「か」「や」「ぞ」「は」「も」は係助詞として一括する学説もあるが、ここでは、文末・句末に置かれて文の成立を助けるはたらきをする場合、終助詞として区別した。 か(かも・かな・かは) 終助詞 詠嘆・疑問・反語 【主な機能】 「か」は 疑問・反語・詠嘆などの意をあらわすとされるが、実際にはこれらのいずれとも区別し難い場合が多い。 「叙情的表現の和歌においては、純粹に相手に對して疑問を提出することは、稀であつて、多くの場合に、詠嘆か自問自答の反語的表現となる」(時枝誠記『日本文法 文語篇』)。 体言または活用語の 連体形を承ける。 言 こと 出 で しは誰が言 なる か小山田の苗代水の中淀にして (万葉集、紀女郎) 浅緑いとよりかけて白露を珠にもぬける春の 柳 か (古今集、) 吹く風の涼しくも ある かおのづから山の蝉鳴きて秋は来にけり (金槐和歌集、) 【助詞との結合例】• かも 助詞「か」に詠嘆の助詞「も」が付いたもの。 体言または活用語の 連体形を承ける。 詠嘆を含んだ疑問(あるいは疑問を含んだ詠嘆)をあらわす。 「〜だろうか」「〜なのかなあ」。 むささびは 木末 こぬれ 求むと足引の山の 猟師 さつを に逢ひに ける かも (万葉集、) 木の間より見ゆるは谷の 蛍 かもいさりにあまの海へ 行く かも (玉葉集、)• 疑問を含まない単なる 詠嘆(感動)をあらわす。 「〜なのだなあ」「〜ことだ」。 平安時代には「かな」が多くなるが、和歌では「かも」も使われ続け、ことに万葉調歌人には好まれた。 人はよし思ひやむとも玉かづら影に見えつつ忘らえ ぬ かも (万葉集、) 天の原ふりさけみれば春日なる三笠の山に出でし 月 かも (古今集、) 大海の磯もとどろに寄する浪われてくだけて裂けて 散る かも (金槐和歌集、)• かな 助詞「か」にが付いたもの。 詠嘆・感動をあらわす。 体言または活用語の 連体形を承ける。 老いぬればさらぬ別れもありといへばいよいよ見まくほしき 君 かな (古今集、) 今来むと言ひしばかりに長月の有明の月を待ち出で つる かな (古今集、)• かは 助詞「か」にが付いたもの。 文末に置かれる場合、 反語の意をあらわす。 「〜だろうか、いやそうではない」。 体言または活用語の 連体形を承ける。 いざ今日は春の山辺にまじりなん暮れなばなげの花の 影 かは (古今集、) 待つ宵にふけゆく鐘の声きけばあかぬ別れの鳥は もの かは (新古今集、) 【助動詞との結合例】• めかも の已然形「め」に付いて、 反語の意をあらわす。 「〜ものか」。 橘の下吹く風のかぐはしき筑波の山を恋ひずあら めかも (万葉集、)• ぬか・ぬかも の連体形「ぬ」に付き、 願望をあらわすことがある。 「〜しないかなあ」。 我が命も常にあら ぬか昔見し象 きさ の小川を行きて見むため (万葉集、) 吉野川行く瀬の速みしましくも淀むことなくありこせ ぬかも (万葉集、) 【他の機能】 としてもはたらく。 【補足】 助詞「も」と呼応することが多い。 特に万葉集では「〜 もある か」などと遣う例がしばしば見られ、後世の万葉調歌人にも愛用された。 降る雪の白髪までに大君に仕へまつれば貴く もある か (万葉集、) 吹く風の涼しく もある かおのづから山の蝉鳴きて秋は来にけり (金槐和歌集、) や(やも・やは) 終助詞 詠嘆・疑問・反語 【主な機能】 「や」は元来は掛け声に由来する感動詞で、間投助詞としてはたらき、さらに叙述の終りに用いられるようにもなった。 疑問(質問)・反語・詠嘆などの意をあらわす。 用言の 終止形・ 命令形、また 体言に付き、反語の場合は 已然形に付く。• 終止形に付き、 質問・疑問をあらわす。 相手に対し呼びかけ、問いかける気持を伴うことが多い。 聞き つ やと妹が問はせる雁が音はまことも遠く雲隠るなり (万葉集、) 道の辺の草深百合の花笑みに笑まししからに妻と言ふ べし や (万葉集、) もろともに山めぐりする時雨かなふるにかひなき身とは知ら ず や (詞花集、)• 「思ひき や」のように、 終止形に付く場合でも 反語的な疑問の意をあらわすことがある。 思ひ き や鄙のわかれにおとろへて海人のなはたきいさりせんとは (古今集、)• 終止形に付いて 詠嘆の意をあらわす。 「めづらしや」「わりなしや」「はなかしや」など、形容詞終止形に付く例が多く見られる。 はかなし や枕さだめぬ転た寝にほのかにまよふ夢の通ひ路 (千載集、)• 已然形に付き、 反語「〜だろうか、いやそんなことはない」の意をあらわす。 越の海の信濃の浜をゆき暮らし長き春日も忘れて 思へ や (万葉集、) 思ひ河絶えず流るる水の泡のうたかた人に逢はで消え め や (後撰集、)• 已然形に付き、 自らに問いかける疑問をあらわす。 直後に述べる事実の根拠について推測する時に用いられる、特殊な語法である。 下に引用した高市黒人詠のように連体形で結ぶのが通常で、本来は係助詞であろう。 しかし赤人詠(万葉歌の改変)・西行詠のように係り結びをとらない例も見られ、これらの場合は終助詞とみとめられる(参照)。 〔いにしへの人に我 あれ やささなみの古き都を見れば悲しき〕 (万葉集、) ももしきの大宮人はいとま あれ や桜かざしてけふもくらしつ (新古今集、) 津の国の難波の春は夢 なれ や葦の枯葉に風わたるなり (新古今集、)• 命令形に付いて 命令文を強めるはたらきをする。 声たえず 鳴け や鴬ひととせにふたたびとだに来べき春かは (古今集、) もろともに影を並ぶる人も あれ や月のもりくる笹の庵に (山家集、)• 体言に付き、 詠嘆を添えて文を終える。 「〜であるよ」。 逢ふと見てことぞともなく明けぬなりはかなの夢の 忘れがたみ や (新古今集、) 暮れはつる尾花がもとの思ひ草はかなの野辺の露の よすが や (俊成卿女集、) 【助詞との結合例】• はや 詠嘆の助詞と「や」が結び付いたもの。 強い詠嘆の意をあらわす。 嬢子の床の辺に我が置きしつるぎの大刀その大刀 はや (古事記、) 三輪山の背後より不可思議の月立てりはじめに月と呼びしひと はや (みずかありなむ、山中智恵子)• やも 助詞「や」に詠嘆の助詞が結び付いたもの。 已然形に付き、 反語の意をあらわす。 と結び「めやも」と遣う例が多い。 平安時代以後は「やは」に取って代わられる。 とこしへに君も 遇へ やもいさなとり海の浜藻の寄る時々を (古事記、) 紫のにほへる妹を憎くあらば人妻故に吾恋ひ め やも (万葉集、)• やは 助詞「や」に詠嘆の助詞が結び付いたもの。 奈良時代まで用いられた「やも」を引き継ぎ、 反語の意をあらわす。 「ざらめやは」など 已然形に付く形も残るが、多くの場合 終止形に付く。 里人のことは夏野の繁くともかれゆく君に逢はざら め やは (古今集、読人不知) かぎりなき雲井のよそに別るとも人を心におくらさ む やは (古今集、) しかばかり契りしものを渡り川かへるほどには忘る べし やは (後拾遺集、)• 連体形に付き、 詠嘆の意をあらわす。 君が住む宿の梢をゆくゆくと隠るるまでにかへりみ し やは (拾遺集、) 【助動詞との結合例】• めや/めやも/めやは の已然形「め」と結び付き、 反語をあらわす。 「〜するだろうか、いやそんなことはない」の意。 奈良時代は「めやも」が多く用いられ、平安以後「めやは」がこれに代わる。 但し万葉調歌人は「めやも」を復活させた。 思ひ河絶えず流るる水の泡のうたかた人に逢はで消え めや (後撰集、) 今日そゑに暮れざら めやはと思へどもたへぬは人の心なりけり (後撰集、) 大君の勅をかしこみちちわくに心はわくとも人に言は めやも (金槐和歌集、)• ずやも/ずやは と結び、 反語の意をあらわす。 「〜ではないか」、すなわち 強い肯定をあらわすことになる。 平安時代以後は「ずやは」に代わる。 今日今日と我が待つ君は石川の峡に交りてありと言はず やも (万葉集、) 秋の夜は松を払はぬ風だにもかなしきことの音をたてず やは (千載集、)• ましや(ましやは) と結び付く。 現実にはあり得ない、あるいは現実とは正反対の仮定のもとで「〜するだろうか」「〜しなかったのに」と仮想する心をあらわす。 後悔の念などを伴うことが多い。 暁のなからましかば白露のおきてわびしき別れせ ましや (後撰集、) 数ならばかから ましやは世の中にいと悲しきはしづのをだまき (新古今集、) 【他の機能】 ・としてもはたらく。 ぞ 終助詞 指定 【主な機能】 「〜だ」「〜である」と強く指示・指定する。 奈良時代以前は「そ」と発音することが多かったが、次第に濁音化したものらしい。 …国原は 煙立ち立つ 海原は 鴎かまめ立ち立つ うまし国 ぞ あきづ島 大和の国は (万葉集、) わが恋はゆくへもしらず果てもなし逢ふを限りと思ふばかり ぞ (古今集、) 【他の機能】 としてもはたらく。 よ 終助詞 強調 【主な機能】 「や」と同じく元来は掛け声に由来する語であろうか。 のち間投助詞としてはたらくようになり、文末にも用いられるようになった。 意を強めるはたらきをする。• 聞き手に対し、同意を求めたり念を押したりする気持をあらわす。 のち、詠嘆的な用法にも使われる。 現代口語で「〜だよ」などと言う時の「よ」、女言葉の「〜よ」に繋がっている。 今は吾は死なむ よ我が背生けりとも我に依るべしと言ふと言はなくに (万葉集、) やよや待て山ほととぎす言伝てむ我世の中に住み侘びぬと よ (古今集、) けふ暮れぬ花の散りしもかくぞありしふたたび春は物を思ふ よ (千載集、)• 命令・勧誘・願望・禁止の表現と結び付き、その意を強める。 動詞「す」の命令形「せよ」の「よ」、「見る」の命令形「見よ」の「よ」なども、元来は同じものである。 身はとめつ心はおくる山ざくら風のたよりに思ひおこせ よ (新古今集、) よしさらば忘るとならばひたぶるに逢ひ見きとだに思ひ出づな よ (続後撰集、) たのめおかんたださばかりを契りにて憂き世の中を夢になして よ (新古今集、) 【他の機能】 としても用いられた。 かし 終助詞 強調 【主な機能】 文末に置いて、相手に対し 念を押す気持、あるいは話し手が自分自身に対し 念を押す気持をあらわす。 種々の語に付くが、活用語では 終止形または 命令形に付く。 詠嘆の助詞「か」と強めの助詞「し」との複合した助詞。 いかにせむしづが園生の奧の竹かきこもるとも世の中ぞ かし (新古今集、) 生きてよも明日まで人もつらからじこの夕暮をとはば とへ かし (新古今集、) は 終助詞 詠嘆 【主な機能】 などのように、「は」は他の助詞と共に文末に置かれて 詠嘆の意をあらわすことがある。 平安時代には単独でも詠嘆の終助詞として使われたが、和歌での用例は少ない。 さねさし相模の小野に燃ゆる火の火中に立ちて問ひし君 はも (古事記、) 命やは何ぞ は露のあだものを逢ふにしかへば惜しからなくに (古今集、) なお、下のような例は、「我は…指して行く」の倒置と見え、「は」を終助詞とみとめることはできない。 天地の神を祈りて猟矢 さつや ぬき筑紫の島を指して行く我 は (万葉集、) 【他の機能】 としてもはたらく。 も 終助詞 詠嘆 【主な機能】 主として活用語の 終止形に付き、 詠嘆をあらわす。 上述の「かも」「はも」などの「も」も詠嘆の終助詞である。 夕されば小倉の山に鳴く鹿の今夜は鳴かず寝ねにけ らし も (万葉集、) 春の野に霞たなびきうら悲しこの夕かげに鴬 鳴く も (万葉集、) 世の中は常にもがもな渚こぐあまの小舟の綱手 かなし も (新勅撰集、) 【助詞との結合例】• ぞも 指定の助詞「ぞ」と結び付く。 疑問の語と共に用いて、 詠嘆を含む疑問をあらわす。 ぬし知らぬ香こそにほへれ秋の野に誰が脱ぎかけし藤袴 ぞも (古今集、) うちわたす遠方人に物申す我 そのそこに白く咲けるは何の花 ぞも (古今集、)• はも 詠嘆の助詞「は」と「も」が結び付いたもの。 強い詠嘆をあらわす。 眼前にない人やものを思い遣る場合に使われることが多い。 さねさし相模の小野に燃ゆる火の火中に立ちて問ひし君 はも (古事記、) 葦辺には鶴がね鳴きて港風寒く吹くらむ津乎の崎 はも (万葉集、)• かも 参照。 やも 参照。 【他の機能】 としてもはたらく。 を 終助詞 詠嘆 【主な機能】 文末に置いて 詠嘆をあらわす。 と結び付く「ましを」、形式名詞「もの」と結び付く「ものを」()の形で用いられることが多い。 体言か活用語の 連体形に付く。 かくばかり恋ひつつあらずは高山の磐根しまきて死なましもの を (万葉集、) かからむとかねて知りせば大御船泊てし泊に標結はまし を (万葉集、) 思ひつつぬればや人の見えつらむ夢と知りせばさめざらまし を (古今集、) 【他の機能】 「を」は・・としてもはたらく。 ものを 終助詞 詠嘆 【主な機能】 形式名詞「もの」と助詞「を」が結び付いたもので、元来はであったが、文末に置いて 詠嘆をあらわすようにもなった。 事態を噛み締めるように詠嘆する場合や、後に含みを残して終わる場合などによく用いられる。 助動詞「まし」「けり」などに続くことが多い。 活用語の 連体形に付く。 かくばかり恋ひつつあらずは高山の磐根しまきて死なまし ものを (万葉集、) 夕まぐれ秋のけしきになるままに袖より露は置きける ものを (拾遺愚草、) おのづから故郷人のことづてもありける ものを花のさかりは (新葉集、) 【他の機能】 としてもはたらく。 ゑ 終助詞 【主な機能】 用言・助動詞の 終止形に付き、 詠嘆・感動をあらわす。 平安時代以後の和歌にはほとんど見えないが、近世の国学者流歌人が復活させ、近代以降の歌人にも用いられた。 なお「よし ゑやし」などと用いられた「ゑ」も同じ語であろうが、これは間投助詞または感動詞と見られる。 山の端にあぢ群騒き行くなれど我はさぶし ゑ君にしあらねば (万葉集、) 上つ毛野佐野の茎立ち折りはやし我は待たむ ゑ来とし来ずとも (万葉集、作者未詳) しらしらと著莪の葉ひらに降りし花あはれさびし ゑわが心から (左千夫全集、伊藤左千夫 ろ(ろかも) 終助詞 詠嘆 【主な機能】 奈良時代以前に見られ、用例はさほど多くない。 詠嘆・感動を意味するとされる。 荒雄らは妻子の業をば思はず ろ年の八年を待てど来まさず (万葉集、山上憶良) 【助詞との結合例】• ろかも 詠嘆の助詞「かも」と結び付く。 形容詞の 連体形を承けて 詠嘆・感動の意を添える。 但し「ろ」は上記の助詞「ろ」と同一かどうか明らかでない。 平安時代以後は見えなくなるが、江戸時代に国学者流の歌人が復活させ、近代のアララギ派歌人などにも受け継がれた。 藤原の大宮仕へあれづくや娘子 をとめ がともはともしき ろかも (万葉集、作者不詳) 星空の中より降らむみちのくの時雨のあめは寂しき ろかも (小園、斎藤茂吉) な 終助詞 希望・決意 【主な機能】 活用語の 未然形に接続し、決意や希望をあらわす。 1の用法はとほぼ同じ意味になる。 平安時代以後の和歌ではほとんど見られなくなるが、現代口語で「早くしな」などと言う時の「な」と同じ語であろうか(現代口語では連用形接続である)。• 話し手自身の行為について言う場合、「〜しよう」「〜したい」との自分の 決意・希望をあらわす。 すべもなく苦しくあれば出で走り 去な なと思へど子等にさやりぬ (万葉集、) 秋の田の穂向きのよれる片寄りに君により な な言痛 こちた かりとも (万葉集、)• 他者に対しては、「〜してほしい」「〜しなさいな」といった 希望・勧誘・慫慂などの意をあらわす。 熟田津に船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎ 出で な (万葉集、) 道の中国つ御神は旅ゆきもし知らぬ君を恵み たまは な (万葉集、) 【補足】 、、軽い詠嘆のと同音であるが、別の語である。 ね 終助詞 希望 【主な機能】• 活用語の 未然形に接続し、 話しかける相手に対し「〜してほしい」という 希望の意をあらわす。 前項の助詞「な」の2とほぼ同じ意味になるが、「ね」はあるいは尊敬の助動詞「たまふ」と共に用いられることが多い点に特徴がある。 平安時代以降はほとんど用例を見ないが、近世の万葉調歌人が復活させた。 天飛ぶ鳥も使ひぞ 鶴 たづ が音の聞こえむ時は我が名問は さ ね (古事記、) 我が主の 御霊 みたま 賜ひて春さらば奈良の都に召上げ 賜は ね (万葉集、) 今朝いたく 雨乞鳥 あまごひとり の鳴けりしぞ早乙女まけて早苗とら さ ね (悠然院様御詠草、)• 禁止をあらわす助詞と共に「な〜そね」の形で用い、話しかける相手に対して「〜してくれるな」と願う意をあらわす。 奥山の菅の葉しのぎ降る雪の 消 け なば惜しけむ雨な降りそ ね (万葉集、) 【補足】 の命令形「ね」と紛らわしいが、助詞の「ね」は 未然形接続、助動詞の「ね」は 連用形接続である。 帰ら ね 「ね」は助詞。 「帰りなさいな」の意。 帰り ね 「ね」は助動詞。 「帰ってしまえ」の意。 なむ(なも) 終助詞 希望 【主な機能】 活用語の 未然形に接続し、 話しかける相手に対し「〜してほしい」という 希望の意をあらわす。 前項の助詞「な」に助詞「も」が添わった「なも」が古形で、転じて「なむ」となった。 「な」とだけ言うのに比べ、より詠嘆的なニュアンスが伴う。 あら なむ 「あってほしい」の意。 「なむ」は希望の助詞。 あり なむ 「きっとあるだろう」の意。 「なむ」は複合助動詞。 【助動詞との結合例】• ななむ の未然形「な」+希望の助詞「なむ」。 他に対し「〜してしまってほしい」という希望をあらわす。 人知れぬ我が通ひ路の関守は宵々ごとにうちも寝 ななむ (古今集、) ばや 終助詞 希望 【主な機能】 動詞・助動詞の 未然形に付く。 もとは接続助詞「ば」に係助詞「や」の付いたもので、話し手が自らの行為につき仮想し、その 実現を希望していることをあらわす。 「〜できたらなあ」「〜したいなあ」。 恋ひわびぬしばしも 寝 ばや夢のうちに見ゆれば逢ひぬ見ねば忘れぬ (新千載集、) あたら夜の月と花とを同じくはあはれ知れらむ人に 見せ ばや (後撰集、) こそ 終助詞 希望 【主な機能】 奈良時代以前、活用語の 連用形に付いて、 「〜してほしい」との希望をあらわす。 わたつみの豊旗雲に入日さしこよひの月夜 さやけかり こそ (万葉集、) 我が行は久にはあらじ夢のわだ瀬とはならずて淵にて あり こそ (万葉集、) 【他の機能】 終助詞「こそ」はの文末用法とする説があるが、異説もある。 もが 終助詞 願望 【主な機能】 「〜がほしい」「〜でありたい」という 願望をあらわす。 奈良時代以前に用いられた。 三栗の那賀に向かへる曝井の絶えず通はむそこに妻 もが (万葉集、) 撫子がその花に もが朝な朝な手に取り持ちて恋ひぬ日なけむ (万葉集、) 【助詞との結合例】• もがも 助詞「もが」に詠嘆の助詞「も」が付いたもの。 平安時代には「もがな」に転じた(次項参照)。 川の上のゆつ岩群に草生さず常に もがもな常処女にて (万葉集、) 志雄路からただ越え来れば羽咋の海朝凪したり船楫 もがも (万葉集、) もがな 終助詞 願望 【主な機能】 願望をあらわす。 上代の「もがも」からの転。 「〜がほしい」「〜でありたい」などの意。 名にしおはば相坂山のさねかづら人に知られで来るよし もがな (後撰集、) 君がため惜しからざりし命さへ長く もがなと思ひぬるかな (後拾遺集、) あらざらんこの世のほかの思ひ出に今一たびの逢ふこと もがな (後拾遺集、) しか(しがな) 終助詞 願望 【主な機能】 との結び付いたものとも、過去の助動詞の已然形「しか」の転用ともいう。 の連用形「て」に付き、「てしか」の形で用いられることが多い。 自分の行為につき「〜したい」という 願望をあらわす。 のち「しがな」に取って代わられる。 霍公鳥無かる国にも行きて しかその鳴く声を聞けば苦しも (万葉集、) あな恋し今も見て しか山がつの垣ほにさける大和撫子 (古今集、) 【助詞との結合例】• しがな 「しか」が濁音化し、と結び付いたもの。 完了の助動詞「つ」の連用形「て」と結び付いて「〜てしがな」と遣うことが多い。 「〜したいものだ」の意。 久方の月の桂も折るばかり家の風をも吹かせて しがな (拾遺集、) 紀の国や由良の湊にひろふてふ玉さかにだに逢ひみて しがな (新古今集、) な 終助詞 禁止 【主な機能】 活用語の 終止形に付いて、「〜するな」と 禁止する意をあらわす。 現代口語に継承されている。 大和道は雲隠れたりしかれども吾が振る袖をなめしと 思ふ な (万葉集、) こちふかば匂ひおこせよ梅の花あるじなしとて春を 忘る な (拾遺集、) そ 終助詞 禁止 【主な機能】 動詞の 連用形(カ変・サ変では未然形「こ」「せ」)に付き、 禁止の意をあらわす。 終助詞「な」よりも丁寧な、あるいは婉曲な言い方になる。 「〜してくれるな」「〜なさるな」。• 副詞「な」を伴い、「な〜そ」の形で禁止をあらわす。 ありつつも見 め したまはむぞ大殿のこのもとほりの雪 な 踏み そね (万葉集、) きりぎりすいたく な 鳴き そ秋の夜のながき思ひは我ぞまされる (古今集、)• 平安後期から「そ」だけでも禁止の意をあらわすようになったが、和歌での用例は少ない。 牛の子に踏まるな庭のかたつぶり角のあるとて身をば 頼み そ (寂蓮集、) 公開日:平成19年4月22日 最終更新日:平成23年05月10日 |||.

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