涼宮 ハルヒ 監督。 涼宮ハルヒとクラシック

涼宮ハルヒとクラシック

涼宮 ハルヒ 監督

じつはゲルギエフ指揮のショスタコーヴィチのレニングラード。 特にゲームシーンで使用され た「戦争のテーマ」の演奏は他のいろいろな演奏に比べると、やや早めの演奏でしかもかなり 明確に小太鼓を叩かせた演奏になっています。 じつは他のこの曲の演奏ではもっとゆっくり叩 いたり、他の楽器の音に埋没気味になっていたり、粘るような表情をつけたり、テンポをかなり 揺らしたりという演奏があるのですが、ゲルギエフのそれは明快かつ粘らず気持ち他の多くの 演奏に比べ早めに運んでいるのが特長で、颯爽としたある意味の格好よさを兼ね備えた演奏 となっています。 小太鼓もリズミカルに軽く明確に刻まれ最後 跳ね上げるような、じつに小気 味よいリズムが際立っているように感じられますがどうでしょう。 これが画面のゲームのそれと うまく合うことになってもいるようです。 ここでお気づきになったかもしれませんがこの 「跳ね上がる」という共通項がこの両曲の演 奏にあるのですが、ムラヴィンスキーとゲルギエフは同じサンクト・ペテルブルク(旧レニングラ ード)を本拠地とした指揮者というだけでなく、ゲルギエフはムラヴィンスキーの門下生でもあり ます。 しかもゲルギエフはムラヴィンスキーに捧げる演奏会を日本でも演奏するほどその音 楽を慕っているようなので(スタイルそのものは多少の相違はありますが)、このあたりひょっと して師弟連結を狙っていたのかもしれませんが、はたしてこれは考えすぎで偶然の産物だった のか。 とにかく油断も隙もない作品なので、あえてこのことも提示しておきたいとおもいます。 でもここでひとつ疑問。 「射手座」の占いでよくみかける基本性格をみると、そこからはむしろ ハルヒのことをさしているように感じられてしまいます。 ではなぜそれなのに人物描写や音楽が この話、これだけ長門にからんでくるのか?ちょっと不思議な気がするのですが、この話ひょっ として長門も含めハルヒワールドという異常空間でみなそれなりに自分を貫き、そしてたのしみ 踊らされたり踊っていたりと、そういう状況を呈していることをゲームという枠にいれてそれを再 構築再提示したものだったといえるのかもしれません。 それで「射手座」がタイトルとして登場し た。 そうなるとチャイコフスキーの発言「あなたが自分自身のなかに喜びを見出せないのなら …」というのは長門だけでなく、ハルヒにも、そしてここにいる全員にも当てはまってくるのかも しれません。 (もっともこれはコンピ研の会長のハルヒに対するちょっした皮肉まじりによるゲー ムのタイトルづけという、ただそれだけのものだったのかもしれません。 ) またチャイコフスキーにスヴェトラーノフではなくムラヴィンスキーを選んできたのも興味深く、 かなり演奏者にもこだわりをみせている部分も感じます。 そうなるとクリュイタンス、ゲルギエ フ、ムラヴィンスキー、そして「涼宮ハルヒの憂鬱 VI」ではラトルと新旧関係なくじつにバランス のよい、ただどちらかというとパワーや音量にこだわる爆演に走ったり、泥臭かったり感情移 入が強烈だったりという演奏を避け、洗練された明晰かつ無駄のない、それでいて迫力にも事 欠かない指揮者を好むという、そういう傾向がこの選者には見受けられます。 (ただこれはTV のBGMとして使用するため性質上そういう音質のものを選んだという、そういう見方もできる かもしれません。 ) 余談ですかそういえば2006年の4月、つまりハルヒの放送開始時期は、ハルヒ制作の京都 アニメーションの地元である京都を代表するプロオーケストラである京都市交響楽団が設立さ れてからちょうど50年目にあたっていました。 ひょっとしてそこまで考えてこのアニメ、終盤にク ラシックを多用していたのでしょうか?因みにこの京都市交響楽団はロシアの名指揮者ドミトリ ー・キタエンコの指揮でハルヒ放送期間中の 5 月 11日 に上記したショスタコーヴィチのレニ ングラードを演奏しています。 (第 488 回定期演奏会 京都コンサートホール 19 時開演)この へんも演奏会の事前告知なども含めて案外使用の伏線としてあったのかもしれません。 上でも言及いたしました、本編で使用された演奏とかなりよく似ている 確実にこれ、という発 表が公式にはありませんので、あくまでも推測ということでこういう表現となっています。 ご了承 ください。 と思われる演奏のまとめです。 「射手座の日」 冒頭でOP前の艦隊決戦直前のシーンに使用された曲。 因みにこの録音のクリュイタンス指揮パリ音楽院管弦楽団は1964年に来日、この「夜明け」 を含む第二組曲も演奏している。 この演奏は世紀の大名演となった。 このときの公演のライブ 録音も残っているが、録音がモノラルなのが残念。 Altus 「射手座の日」 コンピューター研とのゲーム対決において、仮想世界で流 れていた、ゲーム音のオーケストラ版として使用された曲。 情念的ではないが終盤かなりの熱演となっている。 「射手座の日」 コンピューター研とのゲーム対決終盤、長門とキョンの会話 以降形成逆転、SOS団が勝利を収めるシーンまで流れていた曲。 1960年の録音で何度も再発売を繰り返している。 音質はさすがにステレオとは いえ古くなったが演奏は素晴らしい。 ただムラヴィンスキーはこの頃より同曲を自分のレパート リーから外していた。 この国外公演でもこの録音のために演奏はしものの、実際のこの国外演 奏会ではついに一度も演奏しなかった。 そういう意味では貴重な録音といえるだろう。 「涼宮ハルヒの憂鬱 VI」 で閉鎖空間からハルヒとキョンが神人に追われ そして脱出するまでに流れていた曲。

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【速報】「らき☆すた」「氷菓」「涼宮ハルヒの消失」の武本監督、安否不明と判明・・・・

涼宮 ハルヒ 監督

エンドレスエイトとはの第5巻「」所収の短編である。 作品における、「」と呼ばれるを取り扱ったである。 概要 は第5巻の短編集「」に収録されている。 による版では第5巻に収録されている。 ( 本誌で 6・号 に掲載され、ほぼどおりに描かれており全2話である。 ) 版のの際には放送されなかった(構成段階では、1話で予定だったが憂の尺が延びたためしたらしい)が、版にてされた。 なお、作品の『』のでは、これを使った話が時折用いられる他、の作品『』でもエンドレスエイトをにしたがある(第5巻収録)。 にした際は、16話「」との話「終われない」にてエンドレスエイトに関連した演出や「」のエンドレスエイトをとした描写がなされている。 あらすじ 合宿から帰ってきた後、はしばらく他と会うこともなく、なを過ごしていた。 しかしも後半に差し掛かった頃、から命の。 のに「を全で遊ぶ!」と宣言。 、、、、、バッング、採取、…以降の過密を発表する。 準備を始めるだったが、はずっとの とに悩まされる。 そんな中、が疲れているように見えたはにをかけたのだが、本音を話すことなくそのまま別れる。 そんなある日の、のにから連絡が来る。 の隣にはがいるようで、さらには泣きじゃくっていた。 を飛ばし、前に向かう。 そこには以外のが集まっていた。 やがに伝える。 「が終わらない」 (以下、のため。 ただし、最後の結末は書いていません。 ) の説明は要領を得ないが、「なぜかに戻れなくなった」と訴える。 は「時間がしている」と説明する。 どうやら の2になると勝手にに戻り、しかも 以外はその間の記憶はなくなるという。 そしてによると、今回が 1回のだとる。 が疲れていたのもそのためであった。 の原因は、「が深層意識で『にやり残したことがある』と思っている」と推測。 それのせいで、になるとが意識に時間を巻き戻しているという。 だがその肝心のやり残したことが何なのかがわからず、実際のでも様々なことを数千回に渡って試したものの、結局を抜け出せなかったとのこと。 今回のでもが思い残すことがないように、全でをこなす。 しかし最終日、それでもやはり不満そうな。 このままでは次もに入るのは確実。 解散を言い渡し、帰り始める。 迷いに迷った末に、は言葉を絞り出す。 本当に終わらないエンドレスエイト 先述のように版でされたが、当初のの予想はの長さなどから1~2話程度で終わるというものだった。 しの予想は大幅に覆されることとなる。 1話放送の翌週に、 ほぼ同様の内容の2話が放送されたのである。 その翌週に、 ほぼ同様の内容の3話が放送された。 しかしそれでも話がすることなく、4話、5話と続けて ほぼ同様の内容のを展開。 そして最終的に、「エンドレスエイト」のまでに要した話数は8話。 要するに、 8話連続ほぼ同様のが繰り返されたのである。 厳密には構成を分析すると、に気づかないまま終わる第1話(展開)、に以外のは気づくが何もできないまま終わる第2~7話(展開)、に気づき、を脱出するどおりの第8話の全3種がある。 なおこそほぼ同一であるが、 決して使い回しではない。 各話ごとに構図などが異なるため絵はほぼ全て書き直されており、ものから各話ごとに収録が行われている。 (録音台本はエンドレスエイト全体で3本とのこと。 )また脚本や演出も細かく異なっており、言わば放送された全てが「 新作」とも言うべきものである。 「はもうこりだ! 」という人も、などによって異なる各話ごとのな違いを探してみると意外な発見があるかもしれない。 議論 このあまりにもな事態に、放送時期には上では賛否を含めた様々なが勃発した。 ・への不満をさせる人、を全て記憶しているの気分をが体験できるようにする新なだと賞賛する人など、人によって様々な意見が展開されている。 また一部からは「このようにでされて、を呼ぶ事こその狙いでは? 」との意見もある。 の度版は、からを描いている第1巻『』からの前段階を描いている『』までであり、はではなくとされているため、エンドレスエイトはを劇場でやりたいための埋めともいる。 (がら、エンドレスエイトのために新作14話中8話をエンドレスエイトに費やすのは駄ではという意見も)また、名がであるため、それと合わせて8回やりたかったのではという意見も出ている。 放送中はこのを支持する層からも、エンドレスエイトが長引くと言う事は必然的にそれより後の話が削られるということになりうるため、「この後に続く『』『』がされないのではないか? 」という懸念から、残念がるも少なくなかった。 や、などから、下手すれば12、3話続く可性があるのではないかともみなされていた。 実際はエンドレスエイトは8話でし、は全5話としてエンドレスエイトの後に放送され、はとしてされることになった。 が、をで見たかったという者はくすぶっている。 制作側・キャスト側からのコメント 代理 :『エンドレスエイトは、にしており、めての放送はへの的な役割を持っています。 』 補佐 :たちと一緒にを満喫したような気分になりました。 晶子:とにかく長かったの一言。 :8本同時進行で動いてたのでしました。 終盤は感じまくりでしたがの表情にはいれました。 :できる限りの気持ちに共感できるように展開試みました。 一方、側の反応としては、役のがに8回分全てのを予め考えていたなど、他のが細かな違いを意識していたが、役のは、逆に全く同じ演技をすることを意識したことが明かされている。 山本寛の謝罪騒動 、「」の一期作品に関わっていたが謝罪するがにされた。 このは州ボルチで行なわれた「ボルチ・09」の内容の一部である。 にはDo()を退社してになっている。 今回の(度版)のにはにDoを退社するまでの、今回のの当初のに関わった以外は退社してしまったため関わっていない。 「えーっと、…まあをまず申し上げますと、はもうかなり1年以上前からこうなることを知っていました。 」 「何故、の話をやり続けるのではなく、のの分を6話にして作ってるんですか? 」 「えー、えっとね、これもにあげないでくださいよ。 えっと、自己弁護するわけでありませんが、がに居たとき既にこのはありました。 では反対をしました。 2話が限度だろうと…。 まあですから、もう言ってしまいましょう、覚悟はしていたので言っておきます。 を代表して、この場でしたいと思います。 申し訳ない。 」 撮影されていたため残念ながらにされてしまいにもされた。 謝罪をしたことにでもがあり、 「を感じるのも分かる。 的に謝ったのかも知れないがが謝ることではない。 」 「2期つまらないというな本音を謝罪で表現したかったのでは? 」 「辞めたが代表して謝罪って。 」 「、自分を責めないで下さい。 」 「今回の2期については静観を決め込んで欲しかった。 」 「のは以外には考えられない。 」 「レコってことでの、単なるリップなのに騒ぎすぎだ。 」 など様々な意見をみることができる。 なお、を代表としてという言葉は後に本人のにて「当時関わったとして」という文言に訂正されている。 なお、はこれを受けて「当社とは一切関係ない人の話です」とのを出している。 但し、エンドレスエイト終了後によって販売数も回復したわけではなく、のを見ると度版と新版(度版)では評価がに違う(度版の方がかなり高評価)ので一概にエンドレスエイトで同じ話を繰り返したからとは言えない。 関連動画 関連商品 関連項目• の変にを立てるでも、そんなのに謝罪めないし、単にが気質で性悪なだけだろ。 がおかしいのを会社のせいにするなって話。 それに、8話も使った事は非難されても仕方ないが、前の1周と、に気づいて脱出に途中の周回の話をやったことはに評価している。 個人的には3話でしていれば今と逆に演出と評価されていたと思う。 なので、はあんなにしてなかったという意見に対しては、はの最終部分しかやっていないのでという実感が薄いと反論しておく。 そして、が追い出されたのはであって理不尽でも何でもないだろ。 にの違うと並べてるのは、単体で擁護できる内容がいからだろ? 繰り返すけど、追い出されてから今までに 省略しています。 1437 ななしのよっしん.

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池田晶子 (アニメーター)

涼宮 ハルヒ 監督

涼宮ハルヒの消失 2010年公開の日本のアニメーション映画。 テレビアニメ「涼宮ハルヒの憂鬱」の続編。 総監督 石原立也。 監督 武本康弘。 脚本 志茂文彦。 原作・脚本協力 谷川流。 制作 京都アニメーション。 声の出演 杉田智和、平野綾、茅原実里。 英題「The Disappearance of Haruhi Suzumiya」。 C 2006 谷川流・いとうのいぢ/SOS団 C 2007,2008,2009 谷川流・いとうのいぢ/SOS団 C 2009 Nagaru Tanigawa・Noizi Ito/SOS団 涼宮ハルヒが巻き起こす非常識な事件に振り回され続けていたキョンの日常から、ハルヒが突然消えてしまう話。 これまでの日常を取り戻すためにキョンが迷いながら奮闘する。 あらすじ 普通の高校生活を退屈に感じていた一年生の涼宮ハルヒは、宇宙人や未来人や超能力者を探し出して一緒に遊ぶことが目的の『世界を大いに盛り上げるための涼宮ハルヒの団』、略して『SOS団』という団体を入学してすぐに発足させた。 しかし、彼女がSOS団の団員として集めた人物たちは、そのほとんどが新たな面白キャラを探す必要がないくらいに、個性的な一面を隠し持った者ばかりだった。 宇宙人の長門有希、未来人の朝比奈みくる、超能力者の古泉一樹。 涼宮ハルヒの望んだ存在たちが、彼女の知らぬ間に、一堂に会するかのように都合よく彼女の前に現れていたのだ。 実は涼宮ハルヒは、無意識のうちに自分の好きなように世界を作り変えられるという、とんでもない能力を持つ少女だった。 宇宙人、未来人、超能力者の彼らは、彼女に願われたという理由でその世界に存在していたのだ。 そして彼らは、どんな技術を使っても解析不可能な涼宮ハルヒを安全に監視するために、同じ学校の生徒として彼女に近づいていた。 そんな涼宮ハルヒのクラスメイトであるキョンは、何の特別な能力もない普通の男子高校生だった。 しかし、特別な能力を持たないにもかかわらず、他の誰よりも先に彼女に気に入られ、SOS団の団員その一として選ばれた世界で唯一の人間でもあった。 彼は4月に入学して以来、涼宮ハルヒが勝手気ままに巻き起こす非常識な出来事に、宇宙人たちとともに振り回されながら、非日常な学園生活を送ってきたのだ。 その生活は、クリスマスイブを8日後に控えた12月16日になっても、あまり変わっていなかった。 涼宮ハルヒはSOS団クリスマスパーティーを開催することを勝手に決定し、キョンを含む団員たちはしばらくその準備に追われることになったのだ。 そして問題はその2日後、12月18日から始まった。 キョンがいつものように登校して教室に入ると、昨日まで当たり前のように彼の後ろの席にいた涼宮ハルヒがいなくなっていたのだ。 そしてそれは実物の彼女の姿だけではなく、4月以降同じ教室で過ごしていたクラスメイトの記憶からも、まるで初めからいなかったかのように涼宮ハルヒの存在は消え去っていた。 困惑したキョンはSOS団の他の団員を頼ろうとしたが、朝比奈みくるはハルヒどころかキョンのことすら覚えておらず、古泉一樹は彼が所属していたクラスごとその学校から消えていた。 そして、キョンがこれまで何度も助けられ、最も頼りにしていた最後の砦である長門有希でさえも、おとなしい読書好きの普通の少女に変わってしまっていた。 キョンが昨日まで過ごしていた世界はその日突然、涼宮ハルヒがいた非常識なものから、宇宙人も未来人も超能力者もいない正常なものに、何者かによって改変されてしまったのだ。 そして、涼宮ハルヒの代わりのようにキョンの後ろの席にやって来たのは、恐るべき意外な人物だった。 その後、戸惑いながらも何とか元の世界に戻すきっかけを見つけたキョンは、それを動かすための鍵と、消失した涼宮ハルヒの姿を求めて動き始めるのだが…。 感想(ネタバレあり) 本編の時間が162分もありましたが、物語の展開のメリハリがすごくて、印象深いシーンも数え切れないほどに多かったので、長いと思わせられる暇もなく、最後までドキドキしながらとっても楽しめました。 私はテレビシリーズを観てから映画を観たので、テレビで「涼宮ハルヒの憂鬱」を観ていない人が楽しめるかどうかは分かりませんが、いろんな場面で以前の出来事をうまく使った演出がされていたので、テレビシリーズを観てから映画を観た方がずっと楽しめると思います。 とても劇的で面白い展開に、テレビシリーズを思わせるような演出や綺麗な映像などが合わさっていて、すごく面白い映画でした。 キャラクターの仕草も細かくて、本当にテレビの「涼宮ハルヒの憂鬱」を観てきて良かったと心から思えるくらい、満足いく内容でした。 ストーリーについて 盛り上がる熱い場面から、感動させられるシーンに、恐怖やショックを感じる場面まで、まるでジェットコースターのように激しく感情を揺さぶられる展開が次から次へとやってくるので、最後まで本当にドキドキワクワクしながら全然飽きることなく楽しめました。 まず12月17日までのプロローグでは、テレビシリーズと変わらないSOS団たちの日常を見て、懐かしく感じながら穏やかに見られました。 しかしそう思っていたら、突然涼宮ハルヒの存在が消えていることにキョンと同じように戸惑ってしまい、頼りになる長門や朝比奈さんや古泉もいない状況が分かって絶望し、さらにハルヒの代わりにあの朝倉涼子が来たことに恐怖を感じました。 そして、谷口の口から突然出た涼宮ハルヒの名前に期待を持ちながら驚き、テレビシリーズの七夕からの伏線の使い方に感動させられ、無事にハルヒに再会できてキョンが思い出を共有できた時は素直に嬉しかったです。 久しぶりに見る長髪のハルヒが無茶な行動を始めてSOS団が揃ったのを見ると、見慣れた光景がまた見られたようで再び安心できました。 3年前の七夕に戻ってからは、最高に頼りになる宇宙人の長門や大人の朝比奈さんの二人が出てきたので完全に終わった気になってしまいましたが、終盤にまた朝倉涼子が出てきたところでは、その解決方法も含めてめちゃくちゃびっくりさせられました。 でも最後には、長門やSOS団のメンバーを思いやるハルヒやキョンの優しい気持ちに感動して、温かい気持ちで観終わることができました。 最後のキョンのナレーションもオシャレで好きでした。 以上のように、この映画単体でも全体的に休まる暇がないくらいとても劇的でドキドキな展開でした。 ですが、それまでのテレビシリーズとも見事に繋がっていて、エピソードの全部が一つも欠けてはいけない完成されている話だったように思いました。 長い本編の時間があっという間に感じるくらいに夢中になって観られました。 私は特に、改変後のロングヘアーのハルヒと再会したキョンが、ジョン・スミスと名乗る場面が一番好きです。 初めて「笹の葉ラプソディ」を観た時は、ジョン・スミスを再びこんな大事な場面で使うとはまったく思っていなかったので、この映画で出てきた時は、意外すぎてその伏線の使い方に感動しました。 キョンがハルヒとの非日常な高校生活を楽しんでいたと熱く叫んで認めるところと、大人の朝比奈さんが 「いろいろ大変だったけど、全部いい思い出です。 」 映画「涼宮ハルヒの消失」の朝比奈さん大人バージョンのセリフ と言って、高校生の頃を懐かしそうに振り返る場面も、青春映画っぽくて爽やかで好きでした。 また、終盤で朝倉涼子に襲われたキョンを、未来の長門たちが助けに来るシーンも熱い展開で興奮しましたし、長門や団員のことを心配するハルヒやキョンの優しさにも感動させられました。 他にも好きな場面は本当に最初から最後まで書き切れないくらいにたくさんあります。 どのシーンもいろんな意味で素晴らしく、もうほとんど全部が好きと言ってもいいくらいでした。 最後の、ハルヒとの非日常的な世界を選んだキョンが次のように世界に語りかけて終わるところも、かっこよくて好きでした。 「なあ世界、少しくらいは待てるだろ?再改変をしに行くまで、ちょっとくらい待機しててくれてもいいよな?せめてハルヒ特製鍋を食ってからでも、別に遅くはないだろう?」 映画「涼宮ハルヒの消失」のキョンのセリフ アニメについてはこれから先の話は今のところ作られていませんが、ここまで完成された物語に綺麗な映像を見せられて、こんなかっこいい締め方をされたら、ここでシリーズが終わっても納得できる感じがありました。 演出について 序盤の音楽やキャラクターの言動がテレビシリーズと同じ雰囲気だったため、テレビの「涼宮ハルヒの憂鬱」を見ていた私にはとても懐かしく感じました。 そのおかげで、テレビを見てからしばらく時間が経っていても、自然にそれまでのことを思い出しながら楽しめました。 導入部分で、聞き覚えのある音楽と、地球やハルヒへの文句を言うキョンの心の声が流れた後、突然部室にハルヒが入ってきて「冒険でしょでしょ? 」が流れた時は、テレビシリーズで見ていたSOS団がそのまま帰ってきた感じがして、オープニングからとてもワクワクさせられました。 そして、SOS団の日常を思い出せたおかげで、キョンが朝比奈さんから知らな人扱いされたところや、朝倉涼子の再登場シーンでのショックは、より大きく感じられたような気がします。 朝倉涼子の終盤の登場シーンでのBGMが特に怖いところも好きでした。 テレビシリーズの回想シーンなども多くあって、感動できるように活かされていたので、本当にテレビの「涼宮ハルヒの憂鬱」を観てて良かったなと思わされるものになっていました。 映像について 背景や人物の仕草なども、細かいところまでとても丁寧に綺麗に描かれていて、映像面でも感動させられる場面が多かったです。 特に、キャラクターの表情や風に吹かれて揺れる髪の毛が、他のアニメではあまり見られないくらいに、よく動いていたように見えました。 また、ハルヒがホワイトボードに文字を書く仕草や、キョンがストーブをつける仕草などの、物語には深く関わらないような、なんでもない動きまでが、本当の人間みたいにリアルだったところにも驚かされました。 背景や物の絵に関しても、どの場面も写真みたいに一つ一つがすごく細かかったです。 いっぱいあった綺麗な映像の中でも、私はキョンが自分に語りかける世界の描写が印象に残りました。 教室にいる二人のキョンを照らす夕陽の描き方がとても綺麗で、何度でもキョンが自分に踏まれているそのシーンを見返したくなりました。 そしてその綺麗な映像が、立ち上がって本音を叫ぶキョンの熱い気持ちと、声優の杉田智和さんの熱演などの要素と合わさり、私の中では最高な場面の一つになりました。 その後の、改札から出てきたしおりを受け取る演出も熱くて好きです。 リアルではない演出かもしれませんが、ハルヒが16日にクリスマスパーティーの三角帽子をかぶるところや、窓に吹き付けるスプレーを楽しそうに振っている仕草などが、しっかり可愛く描かれていたのも良かったです。 キャラクターについて 改変された世界が主な舞台になっていたので、テレビシリーズとは少し違ったキャラクターが見られたのも良かったです。 髪が長いハルヒがキョンにポニーテールを褒められて照れるところとか、眼鏡をかけた長門が積極的にキョンに近づくところなんかは新鮮でした。 しかし私は古泉と声優の小野大輔さんが好きなので、長門やハルヒよりも、改変後のハルヒのことが好きな古泉が一番印象的でした。 何も属性がないのに気に入られているキョンのことを羨ましがっている姿がとても切なくて、こっちの古泉が報われる未来も見てみたいと感じました。 電車の音に紛れて 「うらやましいですね。 」 映画「涼宮ハルヒの消失」の古泉のセリフ と呟く声もまた寂しそうで、可哀想に思いました。 まとめ すごく劇的でメリハリのある展開がとても面白く、最後の最後まで心休まる余裕なくドキドキしながら楽しめました。 物語はほとんど原作通りですが、その完成されたストーリーと、キャラクターや背景などの綺麗で丁寧な描写が上手く合わさって、より感動できるものになっていたように思いました。 テレビシリーズを思い起こさせるような場面も多くあって、それが上手く繋がっていたので、本当に「涼宮ハルヒの憂鬱」を観てて良かったなと思わされました。 この作品を観た人へのおすすめ k-ent120.

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